雑感34 <制服廃止、自由化>

  百周年記念新聞の寄稿文として、「二高の制服廃止、自由化」と
いうテーマをいただいた。その当時のたどたどしい記憶をたどって
書きつずりたいと思う。
  22回卒の代に、「二高の制服廃止、自由化」というテーマが
まわってきたのは、我々 22回生が、制服廃止を実現したという
認識からであろう。

  22回生は、毎月22日、今でも例会日(飲み会日)を設けて、
旧交を暖めている。22回卒の下駄の会の名称の由来は、
1、我々の登校に欠かせなかった履き物が、下駄であり、バンカラ、
質実剛健を象徴していた事。
2、新雪を下駄で踏みしめた跡が、二の字、二の字で、22回卒の
我々の心象とピッタリした事、による。

  さて、本題に戻るが、我々22回生は、かように下駄、制服(ガクラ
ン)、学帽、自転車、早弁をこよなく愛したいわゆる守旧派であった。
  当時は、既存の社会体制の束縛から個人を解放するという大学紛争
が盛んで、高校にも飛び火し始めた。私は今でも、当時の二高の制服
廃止、自由化運動の本質は、大学紛争のコピーであると考えている。
とにかく既成の体制に反抗する事が、若者には、かっこ良く見えたの
だろう。二高の制服廃止は、実際は、我々の1年下の代がなしえたもの
であった。当時は、二高と一高の生徒会長同士が呼応して、制服廃止の
気運を盛り上げたと聞いている。一高は、卒業式までぶち壊すいわゆる
一高紛争が勃発し、卒業式の壇上での混乱は、テレビのニュースでも
報道されたほどであった。一高の過激派に対し、二高22回生(3年生)
は、穏健派が多く、幾度となく全校集会を開き、制服廃止、自由化に
ついて、議論を尽くした。22回生(3年生)は、制服廃止に反対し、
23回生(2年生)は、制服廃止、自由化を強烈に主張した。制服廃止、
自由化をめぐって、学年間の対立までの様相を呈するまでに至った。
23回生(2年生)の制服廃止、自由化の主張は、ただ単に、一律の
制服を着る理由はないのではないかというものであった。詰襟は、
軍服と変わらないという主張であった。しかし、後の歴史が検証した
ように、体育の上下揃いの青ジャス、応援団の白の装いは、今二高の
シンボルの一つになっている。

  煽り、煽られ、時の勢いで時代は決定する。たとえ、それが、無思想、
無定見、非見識であろうと、時の勢いが、事を決する。私は、少なくとも
今でも制服に対する考え方は変わらない。当時を、バンカラ、質実剛健
の古き良き時代と考えている。まさに下駄の会のめざす世界であった。

  今「らしさ」が喪失している時代である。親らしさ、子供らしさ、
先生らしさ、二高らしさ。教育の根幹、心の有り様もこの辺にあるの
ではないか。「二高らしさ」とは何か。百周年を機に、もう一度考え
直してみたい。仙台二高、百周年おめでとうございます。
                                              鈴木誠一拝