雑感31<今見失っているもの>
 
  子供のころ、集団のなかで遊びが少ない人に不登校の子供が多く見られる
という。いい子はかわいそうな子。けんかんもしたことがない。幼児期に体
験的な痛みを経験していないのが原因。小さい時は、いろいろと徹底的にや
らせたほうがいい。肉体的痛みを体いっぱいに受けて。

  同世代の周りの人と比べて、できなかったらかわいそうという親心、期待
が子供に重くのしかかってくる。今、今という横のラインで遅れをとるまい、
どう競い合っていくかだけを考えている。他人との比較が、潜在的に子供の
意識の上に深く刻み込まれていく。次第に自分がどう見られているかが子供
の行動の規範となる。他人の顔色を見て、穏便に他人の価値観に合わせる事
が習慣となって身に付いていく。

  与えられる事はうまくできる。しかし自分で仕事を見つける事は、できな
い。わからない事を素直に人に聞けない。今の自分に一体何ができるか。一
つの事(勉強)に走り過ぎ、勉強以外の出会い、感動がない。ひかれたレー
ルの上だけを、何の疑いもなくひたすら走る。とりあえずを目標に生きていく。
次の目標がなくなるので不安になる。自ら主体的に生きる目標を持てない。見
た目は、親は何でもやらせていたようだが実は、親の期待の中で子供は縛られ
る。自分で今やれる事、やりたい事は何か。

  いろいろな個性の強い多くの人々に出会うべき。その中で思いっきり自己表
現をし、生きているという実感、証しを噛みしめる。日本人は、少し走り過ぎ
てはいないか。一息、ワンクッションを入れて、ゆったりとした体験、感動の
中に、すばらしい人生を見い出したい。
                                                 鈴木誠一拝