雑感15 <心のふるさと我が二中>
 
 「学都を誇る仙台に、その名輝く我が二中・・・」
心のふるさと、我が二中が創立五十周年を迎えるという。我が家では、
私の父、三十年前に卒業した私、現在私の長男、長女と三代にわたって、
仙台二中にお世話になっている。昭和四十二年三月卒業時の我々が
お世話になった先生方に登場していただく。
 小畑健治校長先生、山本正教頭先生のもと、一組は数学の梅森理先生
でめがねをかけた長身の先生だった。二組は私のクラスの担任だった
社会の大岡忠先生。未だに継続してクラス会を開いている。
三組は英語の大場昭八郎先生。四組は理科の近藤二郎先生。
五組はとてもお洒落だった津川明文先生。
六組は保健体育の黒沢幸由先生。
七組は技術家庭の勝又省吾先生。
  私はブラスバンド部に所属してトランペットを吹いていたので、
勝又先生には大変お世話になった。
八組は英語の飯田英午先生。飯田先生というとヤクルトに入団して、
キャッチャーとして大活躍した八重樫幸雄を思い出す。野球部を見ていた
飯田先生は英語の授業中、練習で疲れて居眠りをしていた八重樫君を、
そっとそのまま寝せておいたというエピソードはあまりにも有名。
八重樫君の練習中のオーバーフェンスボールによるガラス割りを防ぐために、
網を張ったことも思い出される。
九組は社会の庄子雅之先生。
十組は国語の菊地今夫先生。
その他にも数学の佐藤利助先生、神山芳子先生、国語の樋口綾子先生、
大枝行雄先生、保健体育の小早谷正枝先生など懐かしい顔が思い出される。
皆さんお元気だろうか。
 一・二中定期戦、中体連、日光、鎌倉への修学旅行、文化祭、
校内マラソン大会で雨のなかでの北住輝夫君の力走など、一つ一つの
シーンが走馬燈のようにかけめぐる。クラスメイト、部活での一人一人の友
との心の触れ合いが甘酸っぱい感傷となって蘇る。
 私にとって、仙台二中とは懐かしい出会い、思い出がいっぱい詰まった
心のふるさとである。一生涯の大切な心の友が息づくところである。
できることなら、あの当時十クラス全員と学び舎仙台二中で、三十年ぶりに
懐かしい授業を受けてみたいものである。
 最も多感で好奇心に満ちあふれた中学時代にお世話になった仙台二中が
満五十歳を迎えた。ここに在校生、すべての卒業生、先生方、関係者と
共に五十歳の誕生日おめでとうと心から言いたい。                          
                                                       鈴木誠一拝
                                             (昭和四十二年三月卒)