雑感82<不惜身命>
 
 平成の大横綱、貴乃花が引退した。「すがすがしい気持ちだ。
寂しさはない。ほっとした。安堵感の方が大きい。」と語った。
不本意な不慮の怪我による引退。実に勝負の世界は非情だ。
横綱として成績、品格は立派で申し分なかった。相撲に取り組む
真摯な姿勢、立派過ぎた。「膝がいうことをきかず、肩も痛め、
力が落ちた。」と説明した。 貴乃花は本当に「体力の限界」だ
ったのだろうか。勝つ事を常に義務ずけられた横綱。 横綱昇進
の時、「不惜身命(ふしゃくしんみょう)、不撓不屈の精神で、
相撲道に精進します。」と誓った。不惜身命、命を惜しまず、
相撲道に精進する。その誓い通り、大鵬北の湖千代の富士と
共に、歴史に残る名横綱であった。父貴ノ花は、千代の富士に敗
れて、引退を決意した。その千代の富士は、その子貴乃花に敗れて、
土俵を去った。貴乃花という角界の後継者を確信したからである。
貴乃花は、それを誰に託するべきだったのであろうか。横綱貴乃花
の双肩に、角界の重責がずしっとかかり過ぎ、若手の台頭が思うよ
うにいかなかった。晩年は相撲人気の低下にあえぐ角界を、一人
で支え続けた孤高の横綱であった。日本相撲界の大黒柱、貴乃花
引退は、大きな波紋を投げかけた。
 
 幕内優勝22回は史上4位。横綱としては最長となる7場所連続
全休。進退を懸けて臨んだ今場所、本来の相撲は取れず、土俵を去
ることになった。若貴ブームの時、メディアが大きく持ち上げたが、
日本人力士の若手が、貴乃花におんぶしてしまい、次の世代が育た
なかった。晩年、貴乃花は、怪我で苦しみ、責任感が強すぎたゆえに、
後に続く日本人力士が育たなかった無常を感じる。貴乃花の最大の
ライバルは、好敵手、曙ではなくて、彼自身の怪我との闘いだった。
本人の無念さは、胸中余りある。

 横綱貴乃花の引退は、横綱はこうあるべきだという伝統の角界で、
がんじがらめになっていたと考える。貴乃花は、医者の診断書を
提出して、明快に怪我の説明をして、相撲協会は、公傷にし、完
治するまで待てなかったのか。本人の説明不足も、腑に落ちない。
それは相撲ファンは、誰も言い訳とは、とらないはずである。角
界の古い融通の利かない体質が見え隠れする。怪我で実力を出せ
ない事があっても、貴乃花は、弱みを外に出さず、又それが美徳
のようにしてきた角界こそ、このおかしな規則、ルールに気が付
かないのであろうか。横綱という地位が、陥落することがない重
い地位とする権威主義が、今この時代に通用させようとしている
事、それ事態が時代錯誤であると考える。このままでは、国技が
危い。横綱という権威を守って、角界の至宝、名横綱貴乃花を
見殺しにしてしまった。 

 貴乃花(30歳、花田光司)は、兄若乃花と共に、若貴時代を
築いた。空前の若貴フィーバーの平成相撲人気を不動のものにし
た。父は、軽量ながら大型力士に真っ向から挑んだ元大関、貴ノ
花、伯父は「土俵の鬼」として名をはせた元横綱、初代若乃花で
ある。栃若時代に全勝対決で、敗れた栃錦が翌場所突然引退した
記憶とイメージがだぶる。栃錦も、貴乃花も、誰が考えてもまだ
取れた。怪我さえ完治すれば、まだまだ第一人者である。日本人
好みの桜に象徴される散り際の美学か。それとも国技というがん
じがらめの形骸化した横綱の権威を守るための生贄か。はたまた、
タレントと化した超多忙の六場所制の犠牲か。それとも過度の周
囲やマスコミ攻勢の追い詰め過ぎか。貴乃花、長い間、本当にご
苦労様という事はたやすい。しかし貴ノ花は、相撲界だけでなく、
子供達にとっては、平成の大ヒーローであり、こんな形で引退す
る事が、彼等にとってどのように映るかが問題である。このまま
では、ますます若い世代の相撲離れが進む事は、火を見るより明
らかである。

 私は、子供の頃から、相撲は大好きである。率直にいって貴乃
花より、お父さんの貴ノ花が大好きだった。強い強い横綱北の湖
を、満身そういで破った時は、痛快そのものであった。貴乃花は、
平成の大横綱として相撲界をリードしてきたが、その恵まれた体
格のせいか、お父さんほど何か人間的な温もりや必死さ、ハング
リー精神が感じられなかった。大怪我を負いながら、千秋楽も強
行出場し、優勝決定戦で武蔵丸を破って通算22度目の優勝を果
たした時に初めて私は父貴ノ花とイメージが重なった。小泉総理
が優勝旗授与の時、「感動した。」言って有名になったが、結果
的に、あの時の膝の怪我が、命とりになったとは、皮肉である。
歴史とは、実に非条理である。相撲を取るために生まれてきたよ
うな人間なのに、なぜ相撲に、燃え尽きさせる事ができなかった
のか。誠に腑に落ちない引退である。大相撲の看板花形力士、名
横綱として、まだ30歳は、余りに若過ぎる。又、日本の大事な
シンボリックなひとつの目標がなくなった。名横綱貴乃花引退は、
衰退の時代の象徴か。角界は、どこか官僚と似ている。いい引き
際等どあるはずがない。散り際の美学等、退廃の感傷である。敗
者復活、サバイバル、やり直し、新規巻き直しの無い世界、シス
テムは、どかか嘘っぽくしっくりこない。不惜身命を真に貫くな
ら、貴乃花は、ボロボロになるまで、潔い雄姿を、相撲道そのも
のを、次の世代の若い力士達に、体現し続けてほしかった。
さようなら名横綱貴乃花。
得意技、右四つ、寄り、上手投げ。

                   平成15年1月20日(月) 鈴木誠一拝 、