雑感81、迷己逐物

 なくしてしまった財布を捜すのと、自分を見失った心を取り戻す
のとは、どちらが大事であろうか。迷己逐物、己に迷って物を追
(逐)う。物を追って己を失う。物に栄えて心で滅ぶ。信じる事、
心の拠り所を失った時、いかに人は、失意に暮れるか。
仏教では、人を含め存在するものを「色(しき)」という。色は、
物質的な現象に過ぎず、あらゆる物に実体がないと仏教は説く。
人間は、変化の止まるところを知らない世の中で生きて行く為に、
人も、自然界に存在するあらゆる物質と共生して行きていかねば
ならない。己に迷うとは、自分だけ楽をしたいと自己中心の行動を
とることである。「己に迷って物を追う」とは、「物を追うのをや
めて、自分自身をもっと深く見つめよ。もっと深く人格を形成せよ。」
と戒める言葉である。 

  思いやりの心は、人を動かす。人は、ほんとうの心の友を、何人
持っているだろうか。

  一杯目は、飲み頃のお茶をたっぷりと。
二杯目は、少し熱めで濃いお茶を。
三杯目は、小さい湯飲みに玉露を。
気配りと気働き。
茶柱を1本入れて、お茶を出す。
お茶と人間関係の味。甘、苦、渋、淡。
淡交、淡の交わり、淡々とした付き合い、
茶飲み友達が、交友関係の極地。
迷己逐物とは、茶席の禅語である。

  人と人との出会い、感動、感謝こそが、人生の極み。いかに、人に
さわやかな感動、勇気、夢を提供できるか。どのように自分の心、気
持ちを込めて表現するか。どのように自分の心を伝えていくか。

 どうせ水をまくのであれば、庭木にかけよ。庭木にかければ、庭も
生きるし、水も生きる。一適の水をも大切にする心。いかに、自分の
事だけでなく、相手の事をも、思いやれるか。外観を飾るより、内観
を飾りたい。

 学びとは、迷己逐物からは得られない。無心とは、分別、弁別しな
い心である。先入観を捨てた心である。先入観があるから迷己逐物と
なり、万象我師、己以外は皆我師の教えは、自他一如、一切皆空であ
る。降って良し、晴れて良し。雨に学び、星に学ぶ。

  あなたにとっての励まし、勇気、清い強い心とは何であろうか。
人に対しては春風の如く、自分に対しては秋霜の如く生きていきたい。
迷己逐物の戒めを心に秘めて。(『碧巌録』 より)

                        平成15年1月13日(月)鈴木誠一拝