雑感132
<経済感覚を鍛える。(日本の経済の実情と我々の暮らしは。?)>

 「経済感覚を鍛える。」これは、筆者にとって生涯のテーマで、マクロ経済、ミク
ロ経済、経営、マーケティングとの関連で、日々、経済を感覚を鍛えております。資
本主義そのものの歴史、恐慌、経済のグローバル化、日本の経済の実情、建設業の経
済の行方、我々の暮らしなど、筆者を取り巻く経済状況は、刻々ドラステックに変化
しております。その激変する経済環境の中にあって、歴史的な経済的教訓から、経済
の原理原則をさぐり、経済の健全な国家成長戦略、経営者としての企業の成長戦略、
我々自身の暮らし方、経済的知恵を、ご一緒に考えていきたいと思います。「愚者は、
経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。」と言われますので、まず時間軸で歴史的に経済を
概観し、次にワールドワイドに今、世界中で経済でおこっている現象を概観し、日本
の実体経済について、私の毎日実践の経営から感じることを申し上げ、お一人お一人
の日々の経済生活を考えてみたいと思います。

第1章、アダムスミスの古典的資本主義、
<市場の肯定。利益追求(利己心)競争の肯定。分業の肯定。>
 「経済学の父」と呼ばれるアダムスミスAdam Smith(経済学者)は、『国富論』(『諸
国民の富』『諸国民の富の性質と原因の研究』)の中で、「生活必需品の分配は、神の
「見えざる手」によって導かれて行なわれる。」と説きました。財、とサービスの市場と、
競争の重要性に着目することによって、近代経済学の基礎を確立しました。市場(マーケ
ット)の概念を提唱しました。「見えざる手」によって、個人による利益の追求が、意図
せざる結果として、社会公共の利益をはるかのに有効に増進させると、アダムスミスは、
主張しました。労働を富の源泉としたアダムスミスは、労働価値説の基礎を築きました。
労働投入量が価格を左右するという考えは、後にリカードやカールマルクスに支持されま
した。アダムスミスの生きていた時代背景は、重商主義的な社会で、「国富論」の冒頭で
重商主義を批判しました。「消費の為の生産力の潤滑な回転こそが、国の富になる。」と
アダムスミスは、主張しました。「「見えざる手」「自然的自由の制度」「分業」こそが、
善良な企業家の自由な競争に任せれば、自然と秩序のある社会になる。」と言う楽観論に
基づいた主張でした。アダムスミスの「自由放任」「自然的自由の制度」は、アダムスミ
スが「道徳感情論」で考察した中で、企業家は、利己心も慈愛心も持った主体として考え
ていました。アダムスミスは、
@、市場の肯定。
A、利益追求(利己心)の肯定。
B、分業の肯定。
を大前提で考えていました。市場の肯定とは、人間社会は、神の見えざる手があるので、
政府が余計な事をしなくても、世の中に本当に必要ならば、市場を通じて民間が勝手に
商売を始めるので、国は余計な事をする必要はなく、逆に政府が介入すると市場経済の
動きが歪むので、何もするべきではないという考え方であります。外国からの輸入品に
は、高い関税をかけ、自国の輸出品には補助金を出すと言う重商主義の時代背景に反発
したアダムスミスの考え方でありました。分業は国際間でも成立しますから、車を作る
のが得意な国は車を、電器作るのが得意な国は電器を、小麦を作るのは得意な国は小麦
を、と国際分業を主張しました。利益追求(利己心)の肯定とは、当時キリスト教の影
響が根強かったので、利己心を持つことはいけないことだという考えがありました。
アダムスミスは、利己心こそ、世の中を動かす原動力であり、必要不可欠なものだと主
張しました。アダムスムスの考え方は、後に、マックスウェーバーが、経済行為を「神
の恩寵」として、宗教的にも、正当化いたしました。人は服を買うのは、お店を思いや
って服を買うのではなく、その服を着たいからその服を買うのだと考えました。服屋の
経営者は、店を経営する為に人を雇い、お客に喜ばれそうな服を社会に提供します。
買い手も売り手も利己心によって、利益を自由に追求することによって、己の為に働く
事が、結果として社会をより豊かにするという現象を、アダムスミスは『神の見えざる
手』と言いました。アダムスミスは、分業によって、生産性、効率性が著しく上昇する
事に注目しました。自給自足をしていた頃は、人と物を交換する必要がありませんでし
た。他人と物を交換するための場所として、市場(マーケット)ができ、交換に道具と
して貨幣が生まれました。分業が中心の経済に成長して、貨幣、市場そのものが巨大化
していきました。「見えざる手」市場にだけ任せるには限界がありました。世界大恐慌
になり、当時、アダムスミスの考えが主流でしたので、なかなか世界大恐慌に対して有
効な対策が打てずに、大恐慌の影響を抑える事が出来ませんでした。どうすれば恐慌を
防げるのか、もし起ってしまった時はどうすればいいのかという市場の限界を、晩年、
歴史から学ぶようになりました。市場の力は凄いので、政府は市場の機能を補完する存
在だという考えが今では一般的であります。ただし、どこまでが政府が市場の機能を補
完すべきかには、様々な考え方があります。大胆に二分すると、市場重視の小さな政府
と政府重視の大きな政府と大別されると考えます。    

第2章、1929年10月24日の世界恐慌、
<世界恐慌と保護貿易政策、フーヴァーモラトリアムの失敗と教訓。>
 世界恐慌とは、1929年10月24日にニューヨーク証券取引所で、株価が大暴落
した事をきっかけに生じた金融恐慌に対して、金本位制のシステム的な不備、各国政府
の対応の失敗から生じた1929年10月24日の世界規模の恐慌をいいます。大恐慌、
世界大恐慌ともいいます。第一次世界大戦後、1920年代のアメリカは、第一次世界
大戦大戦への輸出によって発展した重工業の投資、帰還兵による消費の拡大、モータリ
ゼーションのスタートによる自動車産業の躍進、ヨーロッパの疲弊に伴う対外競争力の
相対的上昇、ヨーロッパ地域への輸出の増加によって、永遠の繁栄と呼ばれる経済的好
況を手に入れました。1920年代前半に、既に農作物を中心に過剰が生まれてました
が、ヨーロッパに輸出として振り向けた為、表面的に問題は発生しませんでした。農業
の機械化による過剰生産、ヨーロッパの復興、相次ぐ異常気象から農業恐慌が、最初に
発生しました。第一次世界大戦の荒廃から回復していない各国の購買力も追いつかず、
社会主義化によるソ連の世界市場からの離脱により、アメリカ国内の他の産業生産も、
過剰になりました。農業不況に加えて鉄道、石炭産業も不振になり、投機熱があおられ、
アメリカの株式市場は1924年から、投機の資金流入によって、長期上昇トレンドに
入りました。株式で儲け話を聞いて、好景気によってだぶついた資金が株式市場に流入
し、更に投機熱は高まり、ダウ平均株価は、5年間で5倍に高騰しました。1929年
9月3日にはダウ平均株価381ドル17セントという最高価格を記録しました。市場
は、この頃から調整局面を迎え、続く1ヶ月間で17%下落しました。1929年10
月24日、ゼネラルモーターズなどの優良銘柄の株価が、売り一色となり、株価は大暴
落しました。投機業者で自殺した者は、この日だけで11人に及びましだ。この日は木
曜日だった為後に「暗黒の木曜日(Black Thursday)」と呼ばれるようになりました。
28日には921万2800株の出来高でダウ平均が一日で13% 下がるという暴落
が起こり、更に10月29日、24日以上の大暴落が発生しました。当日の出来高は、
1638万3700株に達し、株価はダウ平均で12%下がり、9月約半分になりまし
た。一日で時価総額140億ドルが消し飛び、週間では300億ドルの富が一瞬に失わ
れました。当時の米国連邦年間予算の10倍に相当し、アメリカが第一次世界大戦に費
やした総戦費をも遥かに上回りました。投資家はパニックに陥り、株の損失を埋める為、
様々な地域、分野から資金を引き上げ始めました。この日は火曜日だったため、後に、
「悲劇の火曜日(Tragedy Tuesday)」と呼ばれるようになりました。アメリカ経済への
依存を深めていた脆弱な各国経済も、連鎖的に破綻するようになりました。過剰生産に
よりアメリカ工業の設備投資縮小が始まったのが要因で、世界恐慌がさらに投資縮小を
誘引した為、強烈な景気後退に見舞われました。産業革命以後、工業国では10年に1
度のペースで恐慌が発生しておりました。しかし1930年代における大恐慌(世界恐
慌)は、規模と影響範囲が、途方もないほど絶大で、自律的な回復のめどが立たないほ
ど困難でありました。第1次世界大戦後の米国経済の圧倒的な存在感の為、米国の株価
暴落が、そのまま世界恐慌に繋がりました。その後、銀行倒産の連続による金融システ
ムの停止に、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の金融政策の失敗が重なりました。
クレジットアンシュタルトの破綻を契機として、5月にドイツの銀行(ダルムシュテッ
ターウントナティオナール)が倒産し、7月13日にダナートバンクが閉鎖し、ドイツ
の全銀行が8月5日まで閉鎖しました。当時の米国大統領、フーバーは、金本位制の下
で、経済対策の失敗を経て、銀行は1931年9月11日金本位制を停止し、世界各国に
壊滅的打撃を与えました。植民地を持っている国、アメリカ、イギリス、フランスは、経
済的なダメージを早々に軽減できましたが、植民地を持っていない国、日本、ドイツ、イ
タリアは、経済的なダメージを払拭できず、全体主義の台頭を招くこととなりました。第
一次世界大戦後、世界恐慌まで続いていた国際協調の路線は、一気に崩れ、第二次世界大
戦へ一歩を踏み出す結果となりました。満州を経済圏として持っていた日本のGDPは、
1934年に恐慌前の水準にまで戻り、ニューディール政策を取ったアメリカは、1941
年まで恐慌前の水準に回復することができませんでした。共和党のフーバー大統領は、古典
的経済学の信奉者であり、国内経済において自由放任政策を採りました。1930年には、
スムートホーリー法を定めて、保護貿易政策を採り、世界各国の恐慌を悪化させました。
1931年、オーストリア最大の銀行が倒産しました。フーヴァーモラトリアムと称され
る支払い猶予を行いましたが、手遅れで恐慌は拡大する一方でした。1932年後半から
1933年春にかけてが恐慌はピークとなりました。恐慌発生直前と比べて株価は80%
以上下落し、工業生産は35%低落し、1200万人に達する失業者を生み出し、失業率
は25%に達しました。閉鎖された銀行は、1万行にのぼり、1933年2月には、全銀
行が業務を停止、社会主義革命の発生すら懸念されました。

第3章、1929年10月24日の世界恐慌、
<ケインズ理論取り入れニューディール政策。世界恐慌が第二次世界の素地作る。>
 ニューディール政策(New Deal)は、アメリカ合衆国大統領フランクリンルーズベルト
が、世界恐慌を克服する為に行った経済政策で、新規まき直し政策であります。それまで
アメリカの歴代政権が取っていた古典的な自由主義的経済政策(政府は市場には介入せず、
経済政策も最低限なものに留める。)から、政府がある程度、経済へ関与する社会民主主
義的政策へと転換しました。修正資本主義に基いたニューディール政策を掲げて当選した
民主党のフランクリンルーズヴェルト大統領は、テネシー川流域開発公社を設立し、更に
農業調整法、全国産業復興法を制定しました。ニューディール政策は1930年代後半の
景気回復を前に規模が縮小し、1930年代後半には、再び危機的な状況となりました。
アメリカの失業率は、25%に達しました。ルーズベルトは、大統領に就任し、矢継ぎ早
に、景気回復、雇用確保の新政策を審議させ、最初の100日間で緊急銀行救済法、TVA
(テネシー川流域開発公社)の公共事業、 CCC(民間資源保存局)による大規模雇用、
NIRA(全国産業復興法)による労働時間短縮、賃金の確保、 AAA(農業調整法)による生
産量の調整を制定させました。1930年代中頃には、回復の兆しが現れましたが、いち
早く均衡財政へ回帰しようとする動きから、政策後退が起きました。1930年代後半に
は危機的な状況へ陥いりました。1941年の第二次世界大戦参戦以降は、軍需の増大に
よって、アメリカ経済は回復しました。New Dealとは、トランプゲームで親がカードを配
り直すことを言い、政府が新たな経済政策を通じて、国家の富を、国民全体に配り直すこ
とを意味しています。 その後、新大統領が「最初の100日間で何をするか。?」とい
うのが、大統領選挙における最も重要な公約となったといわれています。フランクリンル
ーズベルトは、アメリカ大統領としては前例のない、国民的支持を得て、大統領選挙で4
回選ばれた人物であります。アメリカ経済の本格的な回復は、第二次世界大戦参戦による
莫大な軍需景気によってなされました。イギリスは、労働党のマクドナルド内閣が、失業
保険の削減など緊縮財政を敷き、保守党、自由党の援助を受けて、マクドナルド挙国一致
内閣を組閣しました。1931年9月21日、ポンドと金の兌換を停止し、金本位制を放
棄しました。1937年6月にフランスが放棄したのを最後に、金本位制は停止しました。
イギリスで、広大な植民地を維持していくことができなくなり、ウェストミンスター憲章
より、新たにイギリス連邦を形成し、ブロック経済(スターリングブロック)を推し進め
ていきました。フランスは、イギリスと同様、ブロック経済(フランブロック)を形成し、
ファシズムに対抗する為、仏ソ相互援助条約を締結しました。コミンテルンの指導を受け
たレオンブルム人民戦線内閣を組閣しました。ドイツは、第一次世界大戦の敗戦で、各国
から巨額の賠償金を請求され、ハイパーインフレーションに苦しみ、フランスのルール占
領より極度に弱体化が進みました。ドイツ経済は、世界恐慌によって深刻な状態へ陥いり
ました。ドイツ経済は、大量の失業者が街に溢れ、国内経済は破綻状態となりました。共
産主義とナチズムが台頭し、失望した人々の期待を受けて国家社会主義ドイツ労働者党、
ナチスが、大躍進を遂げ、1933年、ヒンデンブルク大統領の下で国家社会主義ドイツ
労働者党党首のヒトラー内閣が成立しました。1934年、ヒンデンブルク大統領の死去
と共に、ヒトラーは、総統に就任し、第三帝国が成立しました。ヒトラーは、ソ連での計
画経済の成功を受けて作成された四ヶ年計画に基づき、軍備拡張と公共事業(アウトバー
ン建設)を拡大しました。民間の重工業化を支援し、二次にわたる計画により失業者は劇
的に減少し、経済的な回復は達成されました。ヴェルサイユ条約、ロカルノ条約を相次い
で破棄し、ヒトラーは、ラインラントに軍隊を進駐させました。イタリアは、第一次世界
大戦直後から経済混乱に陥り、ファシスト党の一党独裁が始り、エチオピアを侵略しまし
た。ソ連は、共産主義国家だったため、主要国の中でただ一国世界恐慌の影響を全く受け
ず、非常に高い経済成長を続けました。以後、スターリンの推進する五ヶ年計画で、着々
と工業化を進めていきました。日本は、第一次世界大戦後の恐慌、関東大震災、昭和金融
恐慌(昭和恐慌)によって、弱体化していきました。日本経済は、金解禁と生糸などの輸
出の落ち込みにより危機的状況に陥いりました。株の暴落により都市部では多くの会社が
倒産し、就職難の者(学歴難民)や失業者であふれました。『大学は出たけれど』の流行
語が、はやりました。今の日本と経済状況が良く似ていますね。農作物は売れ行きが落ち、
価格が低下し、冷害、凶作のために疲弊した農村では、娘の身売りや欠食児童が急増して
社会問題化しました。生活できなくなり、大陸へ渡る人々も増えました。高橋是清蔵相に
よる積極的な歳出拡大(軍事拡張)、円の切下げ、アジア貿易への依存、重工業化へ向け
た官民一体の経済体制転換を打ち出しました。安価な綿布や雑貨を大量に輸出して、
1930年代後半には、世界に先駆け、いち早く大恐慌前の水準まで経済を回復させまし
た。ブロック経済政策をとる欧米諸国との貿易摩擦が多くなってきました。財閥は産業界
を支配し、利権を求めて、政治や軍に対する影響力を強めていきました。経済的成長をめ
ざして、資源配分転換と国際協調を背景に、軍縮への軍部の抵抗、暴走を止められず太平
洋戦争へと向かうことになりました。五一五事件、二二六事件、日独伊防共協定の締結、
日中戦争、第二次世界大戦へと突入していきました。日本は、悲劇的に、昭和恐慌から太
平洋戦争へ至る道筋をたどっていきました。世界各国が大恐慌に苦しむ中、スターリンの
美化が進みました。大恐慌下での救いを求める人々の一部は、共産主義に未来の輝かしい
経済体制を夢見ました。英仏を中心とする世界体制が、第1次世界大戦でくずれ、米国が
覇権国になりました。米は、国際連盟には参加せず、ドイツなどの経済的苦境を放置しま
した。保護貿易主義を取り、米国の繁栄を世界各国に分かち合うことがなかった為、世界
各国の経済的苦境が、結局米国自身に跳ね返ってきました。当時、米国の生産力に見合う
需要が世界各国どこにもありませんでした。ウィルソン大統領のモンロー主義は、孤立主
義で、国際主義ではありませんでした。軍国主義を取った日本は、急速に復興し、米国は、
ニューディール政策は、最初だけ景気回復しましたが、長続きしませんでした。ケインズ
自身も自覚していたように、戦争が強力に、余剰生産力を解消しました。大恐慌は、第二
次世界大戦の素地を作りました。事実、アメリカは、第二次世界大戦によって不況から脱
却し、飛躍しました。世界で初めてケインズの理論を取り入れました。

第4章、カールマルクスの資本論、
<マルクス唯物史観の資本主義に内在する矛盾点、限界に対する警鐘。>
 カールハインリヒマルクス(Karl Heinrich Marx)は、ドイツの経済学者で、フリード
リヒエンゲルスとともに、「科学的社会主義」を打ちたて、資本主義の高度な発展により、
共産主義社会が到来する必然性を説きました。マルクスの経済学批判による資本主義分析
は『資本論』に結実し、『資本論』の経済学体系はマルクス経済学と呼ばれます。マルク
スは、ベルリン大学に入学し、ヘーゲル左派の影響を受けます。マルクスの歴史観によれ
ば、その時代における物質的生活の生産様式が、社会の経済的機構を形成し、社会的、政
治的、精神的生活諸過程一般(意識)を規定するとしています。人間の意識と社会的存在
との関係は、人間の意識がその時代における社会的存在(物質的生活の生産様式)を規定
するのではなく、逆にその時代の社会的存在が、政治経済や芸術・道徳・宗教の同時代の
意識そのものを規定すると主張しました。人間の社会的存在を土台にして、人間の意識を
規定するので、人間の社会的存在を下部構造、人間の意識を上部構造と呼よびました。時
代とともに変化する下部構造の有様が、その時代における上部構造の変化をもたらすと説
きました。マルクスの歴史観を唯物史観といいます。マルクスは、人間の作り出したシス
テムや生産諸関係が、人間の手を離れ、逆に人間を敵対的に抑圧する状態、すなわちシス
テムや生産諸関係そのものが、人間を疎外がすると指摘しました。疎外の形態は、商品や
貨幣が人間を支配し、労働本来の喜びが失われるような労働の疎外、生産における人間と
機械の地位が逆転し、人間の主体性を否定し、歯車の一部のようにみなされる機械技術に
よる疎外など、人間生活の中で様々な疎外が発生し、疎外が上部構造と下部構造との間に
様々矛盾と閉塞感を生じさせ、上部構造全体の変革、革命の契機になると結論づけました。
マルクスの歴史観に基づき、成熟した資本主義の社会では、下部構造に矛盾や疎外が内包
されており、矛盾や疎外を契機として上部構造の変革をドラスティックに推し進める社会
革命が必然的にやってくるとマルクスは予言しました。マルクスは『資本論』の中で、資
本主義に内在する矛盾点や問題点を考察する一方、資本主義そのものは、社会の生産性を
高めるための必要な段階ととらえており、資本主義の成熟を契機として、やがて共産主義
へと移行すると考えていました。マルクスの理論からは、共産主義革命が資本主義の成熟
段階を迎えていない当時のロシアでは、社会資本の充実や経済機構の整備がまだまだ未成
熟であり、疎外といった社会矛盾が顕在化する段階にはなく、革命が勃発することはあり
得ないと考えられました。マルクスが共産主義革命を展開するうえで前提とされていたの
は、当時の英独仏などの西欧の成熟した資本主義国家でありました。その為、資本主義の
成熟段階を経ていないロシアにおいてロシア革命が勃発し、世界初となる共産主義国家ソ
ビエト連邦が成立しました。マルクスは主著『資本論』を第1巻しか完成できませんでし
た。第2巻と第3巻はマルクスの遺稿をもとにエンゲルスが編集したものです。エンゲル
スによる書き換えが予想よりはるかに多いことが明らかになってきました。 

第5章、現代のケインジアン修正資本主義、
<「供給は需要を創り出す。」セーの法則から「需要は供給を創り出す。」ケインズ有効需要原理へ。>
 ジョンメイナードケインズは、著書『雇用、利子および貨幣の一般理論』の中で、有効
需要の創造こそが、大恐慌を脱する方策であるという見解を示しました。ケインズ経済学 、
混合経済資本主義(Capitalism)とは、資本の運動そのものが基本原理となる体制のこと
です。社会に貨幣を投下し、投下された貨幣が社会を運動してより大きな貨幣となって回
収される場合、貨幣を資本と呼びます。資本が、利潤や剰余価値を生む社会システムを資
本主義といいます。経済学者のカールマルクスは、著書『資本論』の中で「生産手段が、
少数の資本家に集中し、一方で自分の労働力を売るしか生活手段がない多数の労働者が存
在する生産様式」として「資本主義」と定義しました。資本主義が本来内包している本来
的矛盾、問題点は、@貧富の格差、A失業、B物価の乱高下、C恐慌でありました。資本
主義は商品化の機能を背景に、拡張する傾向があります。ケインズは、「需要によって供
給が決定される。」という有効需要の原理を提唱しました。これはリカードらが主唱して
いたミクロ的な古典派経済学への批判であり、「供給によって需要が決定される。供給を
強化さえすれば需要(購買力)も増大する。」というセイの法則の楽観的な現実的な妥当
性の否定でありました。ケインズのマクロ的な経済観では、有効需要の原理により、国民
所得が、経済全体で見た総需要によって決定されると考えました。もしも総需要が十分
でなければ、国家全体の生産力も減少させてしまうことになります。経済全体でみた総
需要の不足は、政府の実施する金融財政政策によって解消することが必要であるとしま
した。ただし、産業の国有化は否定し、個々の全ての経済活動が管理され、統制される
べきとする考え方までにはしませんでした。ケインズは、流動性選好(流動性の罠)、
利子率の下限の存在、企業の期待利潤率の変動などの影響から、金融政策の有効性が失
われた場合には、財政政策によって総需要の不足を克服できるという主張を展開しました。
今では、全ての資本主義国家で、財政出動による景気対策(軍事ケインズ主義も含まれる)
が行われていることも周知の事実であります。ケインズは資本主義社会を構成する階級と
して、資金を供給する投資者階級、労働力と資金を需要する企業者階級、労働力を供給
する労働者階級の三つのクラスが存在するとした独特の階級観を有していました。ケイ
ンズは、企業者階級を代表した自由党の支持者として、「金利生活者の安楽死」という
表現に見られるように、投資者階級から企業者階級への支配権の交替を求めていました。
しかし労働者階級と企業者階級との格差については、単なる能力の格差による必然的な
格差ととらえていました。マルクスが予言したように資本主義が崩壊しなかった理由と
して、暗黙値的な調整(レギュレーション)を認識していました。これに対して、市場
原理型資本主義は、アングロサクソンモデルと言われます。金融部門の発達による民間
保険メニューの充実が、福祉国家を不要とします。製品市場競争は、低品質、低価格競
争が主となり、低賃金労働者の需要が多くなります。低賃金化を促進するために、福祉
国家の削減が推進されます。金融部門の発達が株式市場の活性化を促し、上場企業に対
する短期利益の追求を要求すようになります。福祉国家型資本主義は、北欧モデルと言
われます。もろくも先のリーマンシショックで崩壊しました。大企業型資本主義は、ア
ジアモデルといわれます。金融部門の未発達に対して、大企業が終身雇用の提供と福祉
国家の代行(企業福祉)を促進します。株式市場が非活発性は、株主が企業経営から排
除されることを推進し、上場企業の長期戦略(終身雇用)を可能にしました。社会保障
の未発達は、個人貯蓄の増大を促し、これが間接金融による株式市場の不活性化を促進
しました。しかし、今回のリーマンショックでは、金融部門の未発達が幸いして、アジ
ア各国は、それほど深い傷を負いませんでした。1929年にウオール街の株式暴落に
端を発した世界恐慌は、その後全世界に波及し、物価の下落、生産や貿易の停滞、銀行
や企業の倒産、労働者の失業という未曾有の事態を招き、深刻な政治社会問題をもたら
しました。資本主義経済体制の危機状況の前に、自由放任を基本とする経済学の体系は、
根本的な再検討を迫られました。ケインズの『一般理論』は、資本主義の本質を考える
問題提起の書といえます。ケインジアン修正資本主義は、次の三つの発展方向をまとめ
られると私は、考えます。
(1) サムエルソン、ヒックスによる所得分配論、景気循環論への発展。
(2) ハロッド、ドーマーによる資本蓄積論、経済成長論への発展。
(3) トービン、クラインの貢献で知られる計量経済モデルによる経済予測への発展。
市場経済の地球規模化、一国資本主義の限界、社会資本投資の評価、国際公共財のあり方、
環境生態系への対応などの面で、有効性の陰りが指摘されてきましたセーの法則では、
「販路法則」とも呼ばれ「供給は、それ自身の需要をつくる。」というものである。社
会全体としての生産物の総供給は、恒常的に総需要に等しいとしています。部分的な過
剰生産はあっても一般的な過剰生産はあり得ません。セーの法則では、商品は作れば作
るほど売れるという物不足の時代の前提があります。現代は、成熟経済の中で、売れ残
り、不況が発生するので、セーの法則が成り立たない事は明らかです。生産側ないし、
供給側に立脚した古典的経済学であり、消費側、需要側からの影響の経済過程全般を
視野に収めたものではありませんでした。「供給は需要を創り出す。」とするセーの
法則を反転して、ケインズは、「需要は供給を創り出す。」としました。ケインズの
「有効需要の原理」といいます。「必要は発明の母」の発想であり、今日の「消費者
主権」の思想につながります。需要と供給の関係は、均衡や価格の文脈よりもむしろ
目的と方法の対応関係からととらえるべきと、ケインズは経済現象の目的連鎖に着目
したといえます。大不況、大恐慌という現実的問題に取り組む際に、ケインズは、非
自発的失業の存在に着目して、不完全雇用下における均衡の成立を論証しました。
ケインズによれば、消費と投資からなる有効需要の大きさが、雇用水準を決定する
のであり、国民所得は、消費と貯蓄に振り分けられて行くが、貯蓄と投資は、利子率
によって均等化するのではなく、利子率は、流動性を手放す事に対する報酬としまし
た。投資と等しい貯蓄が形成されるような所得水準と雇用水準が決定されます。不完
全雇用下における均衡の成立の筋書であります。完全雇用の水準を実現する為には、
金融政策、財政政策による有効需要の創出や調整が必要であります。ケインズは、
「需要が供給を作る。」とし、貯蓄と投資を結び付ける要因、流動性選好に求めまし
た。有効需要とは、信用に裏打ちされた需要を意味し、漫然とした欲望と区別してい
ます。経済恐慌が発生し、巷に失業者が溢れている現実を、当時の経済学が説明し得
ないジレレンマがありました。ミクロとマクロの「合成の誤謬性」あるいは「集計問
題」と呼ばれています。ミクロを企業、家計とし、マクロを政府とすれば、政府がこ
のギャップを政策的に調整すれば「合成の誤謬性」「集計問題」は解消に向うはずで
す。ケインズ理論を構築して、実施体制を整えたのが修正資本主義といえます。ケイ
ンズ理論にも問題は残りました。マクロ経済とは、政府レベルではなく、今や国際レ
ベル、あるいは、地球レベルではないかということです。。価格理論は、瞬間投入瞬
間産出が前提となり、時間、空間、主体の概念が欠落していて現実を説明していませ
ん。情報技術の進展によりミクロとマクロの統合を巡る計量的な問題は展望が開けて
きましたが、経済過程の基本構造が定立される必要が課題として残っています。ケイ
ンズは、軍事ケインズ主義で、戦争が最大の公共投資であるとも説きました。

第6章、2008年9月15日のリーマンショック、
<リーマンショックにより有価証券で世界の富を半分失う。大恐慌の再来か。?>
 2008年9月15日世界中に衝撃が走りました。米大手証券投資銀行、リーマン
ブラザーズが、64兆円の負債をかかえて経営破綻しました。米財務長官ヘンリーメ
リットポールソンが、「リーマンに公的資金の投入を考えたことは一度もなかった。」
と語りました。米政府は、2兆円を使って、リーマンを救済していたら、金融安定化
法に、74兆円を使う必要がありませんでした。ポールソンが、リーマンのライバル
のゴールドマンサックスの会長であったことに何か因縁めいたものを感じます。なぜ
リーマンを潰してまで、世界的金融危機を招かねばならなかったかは、はなはだ疑問
を感じます。リーマンショックは、リーマンが発行した社債を保有している企業に、
リーマンが大株主になっている企業に、大衝撃を与えました。リーマンの社債や株を
組み入れた投資信託の価額下落で、その影響は企業、個人問わず全世界に広がりまし
た。リーマン破綻の影響に関しては、日本では、テレビ朝日が、10億円の債権を保
有していました。リーマン破綻で、米金融危機は、加速しました。米国では、1929
年に数回にわたる株価の下落の末、大恐慌に突入しました。1987年、株価の大暴落
が起き、「ブラックマンデー」と呼ばれました。経済のグローバル化が加速する現代に
あって、米国は自由主義経済の旗手で、共和党ブッシュ政権も自由主義経済を貫いてき
ていました。リーマンショックで、この4ヶ月日本の株も全面安で売られてきました。
リーマンショックで、日本の株価は42%も下落し富を失いました。ちなみにロシアが
71%、上海が65%、インド55%、香港50%、シンガポール50%、イタリア
48%、韓国42%、ブラジル42%、ドイツ42%、フランス42%、イギリス35
%、アメリカ35%、の急落で、全世界で富が失われました。リーマンショックは、
地獄の入り口に過ぎません。まだまだ米金融機関破綻は、これから続発すると見ます。
米国には、まだまだ破綻予備軍がひしめいています。地方の、中小の米銀行ではすでに
取り付け騒ぎが起きています。閉鎖された米地銀は2009年1月のダグラスナショナ
ルバンクをはじめ11行を数えました。
 
第7章、金融資本主義の怖さ、危うさ。
<REIT、デリバティブ、投資ファンドは、世界中にリスク拡散。?経済の多極化。?>
 サブプライムローン、投資銀行、REIT、クレジットデフォルトスワップなどを見てい
行きましょう。サブプライムローン(Subprime Lending)とは、アメリカにおいて、優
良顧客(プライム層)向けでないもので、低所得者向けローンで、厳密には通常の住宅
ローンの審査には通らないような信用度の低い人向けのローンをさします。信用力の評
価基準は所得の多少、返済能力、狭義には、住宅を担保とする住宅ローンに限定され、
広義には、自動車担保など住宅以外の担保も含みます。一般的に他のローンと比べて、
クレジットデフォルト(Credit Default 債務不履行)が多いとされてます。米国の格
付け企業が、中古住宅価格上昇を前提に、高い保証を与えていました。2007年夏頃
から主にサブプライムローンの返済の延滞率が多くなり、住宅バブルが崩壊します。
2008年には、サブプライムローンを組み入れた証券が、世界中に販売され、信用保
証が、劣化してしまい、世界中の金融機関で信用収縮の連鎖が起きました。このサブプ
ライムモーゲージ(Subprime Mortgage)は、通常は住宅ローン担保証券(RMBSもしくは
MBS)の形で証券化され、更に債務担保証券(CDO)の形に再証券化されて、金融商品と
して世界中の投資家に販売されました。不動産ローンによる売買そのものを証券化し、
世界中の金融機関、投資家の間で取引されました。ローン契約した債務者の支払い債務
は、銀行から世界中の金融機関、投資家へ移ることになりました。債務者の所得水準が
低い場合が典型的ですが、信用力を超えた借入を行って不動産投資を行う場合などにも、
サブプライムローンが利用されました。サブプライムローンの貸付利率は、通常の住宅
ローンに比べて高くなり、貸付者が取る信用リスクも高くなります。貸付を行う側とし
ては、貸付リスクの分散が、通常の住宅ローンよりも重視されます。債務者の支払能力
が不能になる可能性は十分にある為、債務者の所有する不動産の価値に重点が置かれま
した。サブプライムローンの貸付残高は拡大し続け、返済の遅延、不能、信用の収縮が
表面化してきました。 本質的には、債務不履行のリスクは、通常の住宅ローンよりも
高く、住宅の価格が上昇しているインフレの時は、返済の破綻は表面化しませんでした。
住宅価格が上がっている場合には、債務者は住宅価格の値上がり分で、担保余力が拡大
することから、又新たな追加借入を受けることができました。このホームエクイティロ
ーンにより破綻を先延しするだけでなく、消費を拡大してきました。住宅価格が大きく
上昇すれば、当該住宅を転売して、ローンを返済し、更に売買差益も得ることも可能で
ありました。本来、住宅ローンを組めない人にまでローンを組む人が増えて、住宅ブー
ムが拡大する間は、破綻が表面化せず、むしろ住宅ブームを加速しました。 ピーク時
は、総世帯5000万戸のうちの4割の2000万戸、住宅を購入しました。例えば、
最初の3年間は、月々10万円に抑え、残り7年は月々35万円の返済額で2500万
円の住宅をサブプライムローンを組んで購入しました。所得の確実な増加が見込めるな
らば、住宅価格の上昇を前提とせずにローンを組むのも合理的だと言えますが、所得が
伸びない低所得階層には、到底無理がありました。住宅ブームを背景とし、高利回りの
証券化する債権の需要から、顧客の開拓が進められ、住宅価格の上昇を前提として、低
所得の顧客にも積極的に貸し付けるようになりました。2007年6月には、米大手証
券ベアスターンズ傘下のヘッジファンドが、サブプライムローン運用に失敗したことが
明らかになり、問題は金融市場全体に拡大しました。ファンドは大手金融機関から多額
の融資を受けており、問題が拡大しました。ヘッジファンドは、高い利回りを求めて、
住宅ローン担保証券の中でもリスクの高いエクイティ債や、エクイティ債を組み込んだ
債務担保証券に好んで投資しました。債務担保証券には格付け機関が信用保証をしてい
た為に、世界の金融機関も、証券を購入していきました。7月10日には、米格付け機
関、ムーディーズが、サブプライムローンを組み込んだ住宅ローン担保証券RMBSの大量
格下げを発表しました。投資家がリスクマネーの供給に慎重になり、心理的懸念、影響
が波及しました。限定された債務者に対する貸付の問題のみならず、より広く融資、信
用供与のシステム全体における動揺をもたらし、金融不安を増大しました。個人向け貸
し付けへの影響、住宅ローンの返済遅延の増加や、住宅価格の低下によりキャッシング
の利用増加、貸し倒れが増加していきました。サブプライムローン信用への問題が顕在
化するにつれて、世界中の株式市場の株価の下落、為替におけるドル売りドル安の引き
金となりました。リスク回避の売りで、売りが売りを呼びましだ。アメリカ政府は、サ
ブプライムローン問題は、直接の金融信用システムに対する危機的悪影響を否定してい
ますが、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)や各国の中央銀行は、市場に対する資
金の供給量を増し、ゼロ金利に引き下げなど、総合経済対策を取りはじめました。サブ
プライムに端を発した金融危機は、世界中で株価急落、信用市場の収縮、公定歩合の緊
急引き下げといった事態にまで発展していきました。市場参加者の多くが、パニック的
に極端なリスク回避行動、パニック売りに走りました。リーマンブラザーズの破綻、AIG
保険の公的資金投入などで、2008年9月にアメリカ金融危機が発生しました。サブプ
ライム問題が表面化した金融市場の混乱は、リーマンブラザーズの経営破綻、住宅公社
のフレディマック、ファニーメイの倒産、メリルリンチのバンクオブアメリカによるに
救済合併される事態に陥いりました。サブプライムローンに端を発した金融危機でドル
の威信は失墜し、信用性は地に落ち、ドル暴落に拍車をかけました。今後、アメリカに
一極集中していた経済覇権は大きく揺らぎ、今後は米国と共にEU、中国、日本、インド、
ロシア、中東諸国などが世界経済を牽引してゆかなければならない多極状況、あるいは、
無極状況、になると私は考えます。今回サブプライム危機で損失が少なかった日本の金
融機関に期待が集まり、アメリカ金融機関への支援を渇望されています。アメリカンド
リームの夢を現実のものにしたのが、「サブプライムローン」というデリバティブ
(金融商品)でした。わずかな資本で、大きな利益を得るというレバレッジ(外部負債
依存、てこ)という手法で、結果的には、世界中にリスク分散が、リスク拡散をしてい
きました。貯蓄0のアメリカ人が、血眼になって、実態のないCapital Gainを追い求
めたことが、アメリカ経済の悲劇でした。アメリカを軸に、金が集まり、金が廻る1極基
軸通貨制は、アメリカの絶大な経済力、軍事力、文化力を背景に、極になりえていまし
たが、今後は、多極化、あるいは、無極化にならざるを得ないと考えます。焦げ付いた
米住宅公社債は、540兆円に上りました。デリバティブが猛威を奮った時代的背景に
は、世界中で行われた金融緩和によって生じた金融の過剰流動性がありました。金利が
極端に下がり調達が容易になった資金は、行き場を探していました。向かった先が、
悲劇的にも、消費大国アメリカの住宅ローンという巨大マーケットでした。
 投資銀行とは、顧客企業の有価証券発行による資本市場からの資金調達をサポートし、
合併や買収などの財務戦略のアドバイスを行う金融機関であります。個人向け業務は行
いません。個人から預かった預金を元手に企業に融資を行う商業銀行と区別します。商
業銀行は収益の大部分を主に企業に融資することにより発生する利息に依るのに対し、
投資銀行の収益は、株式や債券の資本市場の発行額に応じて徴収する手数料に依ること
が特徴であります。自らは大きな資産を有さないので「銀行」と訳されているが、むし
ろ法人向け証券会社にイメージが近いと考えます。業務の性格上、業界における存在感
は大きいですが、バランスシートにはほとんど資産を有さないので、上場している外国
の投資銀行は、巨大なバランスシートを有する商業銀行の買収の対象になってきました。
リーマンブラザーズ倒産までの米5大投資銀行を掲げます。1、ゴールドマンサックス、
2、モルガンスタンレー、3、メリルリンチ、4、リーマンブラザーズ、5、ベアース
ターンズ、米5大商業銀行を掲げます。1、シティグループ、2、バンクオブアメリカ、
3、JPモルガンチェース、4、ワコビア、5、ウェルズファーゴ。リーマンブラザーズ
が破綻し、メリルリンチは、バンクオブアメリカに買収され、モルガンスタンレー、ゴ
ールドマンサックスは、商業銀行へと転向しました。米国の5大投資銀行は、すっかり
なくなってしまいました。投資銀行の具体的業務は、顧客企業に対して有価証券の発行
による資本市場からの資金調達、M&Aについての助言、財務では保有資産の流動化による
資金調達(不動産やローン債権の証券化)、金利や為替のデリバティブ(金融派生商品)
を用いた財務リスクヘッジなど多岐に渡ります。M&Aのアドバイザリー業務は、以前NHK
で放送された「はげたか」、そしてホリエモン、村上ファンド等、記憶に新しいもので
す。投資銀行発祥の地であるアメリカでは、ゴールドマンサックス、メリルリンチなど
が有名ですが、以前は、1933年に成立したグラススティーガル法により商業銀行業
務と投資銀行業務が明確に分離されていました。(銀証分離と呼ばれます。)モルガン
スタンレーは、グラススティーガル法成立時に商業銀行となったJPモルガンと袂を分か
って成立しています。しかし、1980年代以降の規制緩和で、銀証分離規定も緩和さ
れ、バンクオブアメリカ、JPモルガンチェースが、証券子会社を設立することにより投
資銀行業務に進出しました。投資銀行は、基本的に顧客の資金調達を支援し、財務戦略
を助言するのが本業であり、自ら融資を行うことはありませんでした。しかし、銀行系
証券会社が企業買収時に銀行融資による買収資金の供与することにより、M&Aでのシェ
アを高め、投資銀行と商業銀行との境界が薄れてきていました。日本ではバンカーと言
えば、商業銀行(Commercial Bank)の銀行員という認識ですが、米国でバンカーと言
えば、投資銀行(Investment Bank)で働く社員を指すという認識です。大手金融機関
は、商業銀行業務と証券業務の双方の営業活動を展開しており、商業銀行、投資銀行、
あるいは証券会社ではなく、ユニバーサルバンク(Universal Bank)と呼ばれていま
す。日本では野村證券、大和証券、日興證券などの証券会社が主に投資銀行業務を担
ってきた。資本市場の国際化、グローバル化、規制緩和に伴って、大和証券と住友銀
行が合弁で大和証券SBCM(現大和証券SMBC)を設立し、日興證券とトラベラーズグル
ープ(後にシティコープと統合してシティグループ)の合弁で日興シティグループ証
券を設立しました。投資銀行の信用創造は、企業が発行する株券に、適当な値段をつ
けて投資家に売り、数千億という価値がつくのは、投資銀行の「長年の経験」「独自
のノウハウ」に基づく企業価値評価の手法であります。投資銀行は、よりリスクの高
い方法で、期待リターンの高い方法での金融仲介を手がけます。会社の資金調達法は、
借入や新株発行があります。サブプライムローンに端を発する危機は、規制の緩和と
手数料の自由化によって、次々に新しいマーケットを創造し、不確実性に伴うプレミ
アムが投資銀行の手数料になりました。新しい金融手法の発達は経済の血の巡りを良
くし、活性化させました。投資銀行は、株式市場、為替市場、債券市場、証券化商品
などのマーケットを牽引し、需要を創造してきました。直接的な信用創造の担い手は、
投資銀行、投資ファンドでした。米国の投資銀行は、大型合併を繰り返して寡占化が
進み、金融コングロマリット化が進行しました。1999年グラススティーガル法を
撤廃し、ヨーロッパでも金融再編が進行し、米国流ユニバーサルバンクが定着しまし
た。リーマンブラザーズは消滅し、ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーは商
業銀行の傘下となり、アメリカを代表した大手投資銀行は、いずれも商業銀行に呑み
込まれることになりました。米貯蓄金融機関大手のワシントンミューチュアルは、倒
産し、米保険最大手のアメリカンインターナショナルグループ(AIG)は、米連邦準
備制度理事会(FRB)が2兆9500億円で救済しました。アメリカは、今後、
「自由な経済」をどこまで守り切ることができるでしょうか。?
 リート(REIT、Real Estate Investment Trust)とは、不動産投資信託をいいます。
日本版REIT(J-REIT)を、単にREITという場合もあります。REITの金融商品としての
側面は、不動産からの収益を投資家へ還元する金融商品のうち、受益権が証券として
扱われる不動産特定目的会社、この会社が発行する証券を指すこともあります。不動
産投資信託のリートは、上場不動産特定目的会社株としてのリートとは区別すべきで
あります。REITとして設立された特定目的会社は、法人税を免除されますが、業務内
容、会社の運営には、法的な制限があります。具体的には、会社の営業項目が、不動
産運営に関するものに制限され、売却を目的とした不動産の開発、分譲が原則できま
せん。投資者への収益還元割合の下限設定があります。REITと株式会社の違いは、高
配当義務と法人税が優遇される点であります。上場されたREIT株は市場において取引
されます。REITの収益の大半は、保有不動産の家賃によります。一方、不動産賃貸契
約は、一般的に安定して、リスクは小さくなります。投資家のリスク分散に貢献する
新たな投資先(Financial Vehicle)として認識されます。 日本におけるREITは、
2001年に2銘柄でスタートし、2008年で41銘柄、時価総額は5兆円に達し
ています。時価総額の規模で米国、豪州、フランスに次ぐ規模になっています。対
GDP比では、シンガポール、香港より依然低い水準にあります。投資物件については、
当初はオフィスビルが主体で、次第に商業施設、店舗や住宅等への投資も増加して
います。米REITの投資物件は、多様であり、J-REIT市場においても、投資物件の多
様化が進むと見られています。運営、設立母体は、自社でも不動産事業を手掛けて
いるケースが非常に多いです。REITには、資産内容の第三者によるチェック機能の
充実が急務と考えられます。米商業用不動産ローン、米住宅ローンの残高は、
1500兆円に及んでいます。
 金融資本とは、資本主義経済において、銀行資本と産業資本が一体化した資本を
いいます。金融資本は、株式会社制度の発展とも重なり、産業資本家の持つ産業資
本は、銀行資本と重なるところが多くなり、銀行資本も産業資本へと転化するよう
になります。具体的には、銀行は業務として企業の実態を把握し、企業に重役を
送り込んで企業を支配します。企業も銀行株を所有して銀行経営に携わります。銀
行資本は、産業資本に転化し、産業資本はその資本により銀行資本の担い手となり
ます。銀行資本と産業資本は合体し、金融資本を作り上げます。金融資本は銀行資
本のみ、産業資本のみで成り立つものではなく、相互が作用しあって初めて成立す
るものであります。金融資本は、やがて独占資本へと転化していきます。ドイツは
19世紀後半に、先進工業国イギリスを猛追する成功要因のひとつとして、活発な
金融資本がありました。ドイツでは、投資銀行が集約した資本を産業資本に出資し、
いくつもの産業資本を支配し独占資本となっていきました。投資銀行は、出資によ
り株式を得て、産業資本の経営に参加する権利を持っていました。投資銀行は、
様々な産業資本を一手にすることで、優秀な経営者を適材適所に配置することが可
能とあり、ドイツ産業の急速な発展を支えました。日本では、20世紀初頭、三井
などに代表される財閥が銀行と持株会社を軸にしたコンツェルンを形成していきま
した。財閥は、自らの出資により産業資本を生み出して企業グループを形成してい
きました。

第8章、オバマ版グリーンニューディール政策、
<自由市場を遵守すべき6原則。自由市場至上主義と政府介入、規制主義。>
 オバマ版グリーンニューデール政策、アメリカの金融安定化法経済対策、IMF、国
際通貨基金 (International Monetary Fund) を見ていきましょう。1944年7月、
連合国通貨金融「ブレントンウッズ会議」が開催され、ポンドからドルを基軸とする
国際通貨体制が始まりました。1929年の恐慌で、世界の失業者が3000万人、
資産価値が1/3に激減しました。保護主義の蔓延が、世界経済の収縮を加速したこ
とを教訓にせねばなりません。IMFは、国家破綻の危険があるアイスランド、ウクラ
イナ、パキスタン、ハンガリー、セルビアへの支援を決定しました。日本の外貨準
備高は、100兆円、中国の外貨準備高は、180兆円あります。日本は、IMFに
10兆円の拠出を決めましたが、中国は、即答を控えました。フランスのサルコジ
大統領は、「もうドルは、唯一の基軸通貨ではない。」と述べました。アメリカは、
74兆円の公的資金によって、不良債権買取りを中心とした金融安定化法経済対策
を実施しました。アメリカ失業率は4.2%から7.2%へ、住宅着工数は、165
万戸から81万戸へ、景気が一気に冷え込みました。オバマ政権には、ルービンファ
ミリーのティモシーガイトナー(元ニューヨーク連邦準備銀行総裁を財務長官に)、
ローレンスサマーズ(元財務長官を国家経済会議議長に)の二人のアメリカきっての
経済通が入閣しまし。45兆円の景気浮揚、2年間で300万人の雇用を生み出しま
した。富の集中、富の偏在を正す為に、富裕層には増税を、中間層には、減税をしよ
うと考えました。私が考える自由市場を遵守すべき6原則を掲げます。1、私的財産
の尊重、2、法の支配、3、競争的市場、4、開かれた貿易、投資、5、効率的効果
的な規制(Legulation)された金融システム、6、世界的協調。ニューディール政策
は、20世紀初等には有効であった政策でした。経済が当時と比べて、比較にできな
いほどグローバル化している21世紀の現在の金融危機(恐慌?)に十分な効果が出
ないことは明らかです。現代経営の要諦は、スピード経営と不確実性の増大の認識と
対策です。信用不安に対する信用収縮が、経済ににとって一番恐れる事です。市場
の失敗には、政府の介入が必要となりますが、1929年フーバー大統領は、市場
の自由にこだわり過ぎました。公的資金投入を先送りするのは、政府の失敗です。
金融危機は、市場の暴走を許した結果起きましたが、新自由主義のすべてを否定
するものではありません。市場の役割を尊重するという原則は、時を超えた普遍の
真理です。第2次世界大戦後先進資本主義では、ケインズ理論と、それを背景とし
たニューデール政策は、デフレは、インフレより厄介とし、政府介入による迅速な
財政出動を強調しました。ケインズ主義の需要喚起策の日本の具体的処方箋を提言
します。民主党政権で、是非、採用を検討してほしい。即効的な内需刺激の財政政
策の次世代の成長産業分野は、新エネルギー、環境対策、太陽電池、電気自動車、
ハイブリット車、生命科学、再生医療、情報技術、海水淡水化装置等と考えます。
ジェームズトービンは唱えます。「資産価格の下落が、人々の富を減らす。」米共
和党の理論的支柱のハイエク、ミルトンフリードマンは、「自由な市場に任せよ。」
という小さな政府を説きました。小さな政府は、英サッチャー改革が原型で、規制
緩和、公営事業の民営化、所得税のフラット化など「民間にできる事は民間に。」
を唱えた小泉竹中改革もこの流れです。金融危機になり、大きな政府による政府の
市場への介入は、ケインズの理論的支柱であります。アメリカ共和党は、できるだ
け自由に市場に任せる自由市場至上主義、小さな政府で、アメリカ民主党は、恐慌
には政府の介入のある程度大きな政府を標榜しております。単に自由市場至上主義
から政府介入、規制主義ではなく、市場主義と規制主義の並存、選択肢の多様性に
あるべき姿と私は考えます。米金融危機封じには3S、1、Speedy、速さ、
2、Sustantial、大規模に、3、Several Times、数年間、が肝要である。FTA(Free
Trade Agreement、自由貿易協定) に批判的なオバマは保護主義に走るのではとい
う心配がよぎります。「愚者は経験に学び、賢者は、歴史に学ぶ。」グリーンスパ
ンが「100年に一度の津波」と称した金融危機に対しては、世界各国の首脳は、
歴史の教訓から、決して、戦争、保護主義等の安易な政策を選ばず、人類の英知、
オバマ版グリーンニューデール政策をもって、21世紀の金融危機からは早く脱
してほしいと考えます。オバマ版グローバルニューデール政策で、オバマ大統領
とともに、希望と勇気を持って、この金融危機を乗り切ろうではありませんか。
「Change、Yes、We Can.」。

第9章、ギリシャクラッシュ、(PIIGS)の意味するもの、
<ギリシャ財政危機、欧州経済のメルトダウン。?世界経済同時クラッシュ。?>
 PIIGSとは、ポルトガル(Portugal)アイルランド(Ireland)イタリア(Italy)
ギリシャ(Greece)スペイン(Spain)の5ヶ国をいいます。2009年末から英
語で「豚」を意味するこの略語は、2008年から侮蔑的な意味を込めてイギリス
および北アメリカの金融報道で使われるようになりました。2008年のリーマン
ショック前後から財政規律問題と経常収支問題が顕著になってきました。ユーロの
不安定要因になっていると見なされています。ギリシャ財政危機、欧州経済のメル
トトダウン、世界同時クラッシュへの不安、ユーロ安ドル高、雇用激減、欧州の
憂鬱、は来るのか。?欧州経済はまさにメルトダウンの瀬戸際にあります。ギリシ
ャ財政危機の世界経済同時クラッシュが叫ばれています。IMF(国際通貨基金)
との協調融資7500億ユーロを決めました。欧州中央銀行はユーロ圏諸国、ポルト
ガル、スペイン、イタリアと南欧諸国は、緊縮財政にむかうようになります。市場
は極端な緊縮による実態経済の悪化を懸念し始めました。ユーロ経済のドン詰まり
は金融市場にどんな影響をもたらし、欧州勢が機能不全に陥れば、グローバルな資
金の流れも悪くなります。このままユーロ安、ドル高が加速すれば、5年間で輸出
倍増を目指すオバマ政権のもくろみは外れ、外需に頼む米経済に陰りが差しかねま
せん。中国経済も、米国向け以上に対欧州輸出が多い中国には大きな影響が懸念さ
れます。不動産バブルの兆候がでてきた中国にも不確実な要素が増しました。

第10章、余りにも知らな過ぎる民主党の経済成長政策、ここまで落ちた日本の経済の実態、?
<民主党政権の経済的無策が招いた国債発行883兆円の付け廻し。>
 日銀の白川総裁は、1、ゼロ金利政策、0.3から0.1へ、2、量的緩和、
3、CPコマーシャルペーパーの買取り、を実施しました。麻生元総理は、60兆円
の経済対策を打ち出しました。1、設備投資減税、2、証券優遇税制、3、中小企
業資金繰り支援策、4、高速道路料金引き下げ、5、2兆円の定額給付金(当初は、
定額減税)6、農業支援策、7、学校耐震化策、8、高齢者医療負担軽減策、9、
建設国債、10、地域金融への公的資金注入、の10項目をかかげ、財政出動を打
ち出しましたが、スピードが余りにも遅すぎました。財源は、財政投融資の特別会
計埋蔵金、建設国債、赤字国債としました。山一證券破綻の金融恐慌の時、後手に
回り、傷口を広げた経験を生かせませんでした。金融恐慌では、火事の消化同様、
初期消火のスピードがいかに大切かであります。不良債権の金融システムからの分
離が大切です。金融危機になり、信用創造が収縮し、現金主義(Cash is King)
に傾きました。銀行は、融資、貸し出しを抑制し、企業は、社員の賃金を抑制し、
設備投資抑制し、家計は、消費を節約し、デフレスパイラルとなりました。アメリ
カの金融資産4400兆円に対して、日本のGDPは、650兆円、日本の累積の借
金は、800兆円、民主党政権になって883兆円にふくらみました。個人の金融
資産1500兆円でやっと担保している状況です。世界同時株安で、厚生年金、国
民年金、企業年金の1割が目減りしたとしても、一気に20兆円超が吹っ飛びまし
た。 株価下落は、株を持っている人にとって資産価値の下落になります。恐慌は、
設備、雇用、債務の3つの過剰が引き金になるという事を肝に命ずるべきです。
日本は、日本企業が、2010年3月末、業績回復が見え始めたましたが、上場企
業の連結経常利益は前期より25%増となりました。日本経済の業績回復は、必死
で身をけずったコスト削減と中国、新興国の景気拡大が支えた回復でありました。
日本の憂鬱の根源は、増え続ける膨大な日本国債です。日本政府、民主党政権は、
経済成長と財政健全化の両面で、効果のある具体策を急いで示さないといけない
と私は考えます。国の借金は883兆円です。名目GDP比189.3%です。
ギリシャ114.9%、イタリア123.6%よりはるかに大きいのです。民主
党政権になってここまで膨れ上がった現実を直視せねばなりません。企業で言え
ば、売れ上げ(税収37兆円)が、激減(20%減)し、借金(国債発行883
兆円)が、急増(10%増)しました。企業なら即倒産です。なんという危機感
の無さか。自分の金として身にしみて感じてないからでしょう。日本の経済を担
保しているのは個人金融資産1500兆円のうちの預貯金757兆円だけであり
ます。企業でいえば、入金が、国の日本国債で、これを早急に減らさねばなりま
せん。企業でいえば、売り上げ、収益の増大が、経済成長政策で、今の民主党政
権には、企業家としてのマネジメント能力と危機感、身を削っての責任感があま
りにも乏しいと考えます。税金の垂れ流しがあまりにも目に余ります。タイム
リミットを切って、何年何月まで、日本国債は、いくらまで減らす、日本経済の
GDPは、いくらまで増やすという具体的数値目標を示して公言をすべきです。
子供手当て、高速道路の無料化など、選挙受けする税金を使っての日本国債増
発することしか考えてない民主党には、財源の健全化をふまえた中期の経済政
策の具体的な絵を早急に描いていただきたい。経済成長政策無くして生活無し
です。日本は、1500兆円の個人資産をどう生かしきるのか。?資産デフレ
を食い止める土地の流動化をいかに活発にするのか。?民主党政権の掲げたキ
ャッチフレーズ「コンクリートから人」は、最も裾野の広い建設産業だけを一
人悪者にして、単純な図式で、大幅な税収減を招いた政治的責任に言及にしな
いのはいかがなものでしょうか。?

第11章、経済にとって最も怖い信用収縮、
<金融市場にとって最も深刻な問題、信用収縮の原因はクレジットデフォルト、債務不履行。>
 クレジットデフォルト(Credit Default)とは、取引の債務不履行をいいます。
簡単に言えば、物を買って、仕事をしてもらって、お金を払わない、正しくは、
お金を払えないことをいいます。このお金の払いを担保してくれる債権がクレジ
ットデフォルトスワップです。クレジットデフォルトスワップ(Credit Default 
Swap)とは、貸付債権の信用リスクを保証してもらうオプション取引です。従来
の銀行保証をデリバティブに作り変えたもので、貸付債権に、デフォルト(債務
不履行)が起こった際に、損害額を保証してもらいます。クレジットデフォルト
スワップは、クレジットデリバティブの一種で、レバレッジ(外部負債依存)を
使って、債権を直接移転することなく、信用リスクのみを移転できる取引です。
最も取引が盛んなクレジットデリバティブの一つです。頭文字をとって CDS と
呼ばれることが多いです。銀行の自己資本比率を高める対策の一環として利用
されるケースも多いです。信用リスクを回避しようとする者をプロテクション
(保護)の買い手、保証を与える者を、プロテクションの売り手と呼びます。
クレジットデフォルトスワップは、プロテクションの買い手が、売り手にプレミ
アムを支払って、ローン債権の返済の保証を得る取引です。デリバティブ(金融
派生商品)は、社債やその他の債権のデフォルト(債務不履行)に対する保険と
して機能します。プレミアムの支払方法にスワップ(交換)の形式が利用される
ところから、一般にクレジットデフォルトスワップと呼びます。デフォルトプッ
ト(Default Put)とかデフォルトプロテクション(Default Protection)とも
いいます。クレジットデフォルトライボー(Libor、London Inter Bank Offered 
Rate)とは、ユーロ市場におけるロンドン銀行間レートです。国際金融取引の指
標として利用されています。クレジットデフォルスワップは、社債、売掛金があ
る場合、貸倒リスクを担保させる為の保証契約であり、契約期間は5年が中心で
す。CDSは、プロテクションの買い手は、売り手に定期的に、通常は1年ごとに、
プレミアム(保証料)を支払います。 売り手は契約期間(通常は5年)の間に、
デフォルト(債務不履行)した際に、買い手の損失を補償します。 貸付債権を
持っている銀行がCDSを購入することにより、貸倒れのリスクを分散することが
可能となります。日本では1999年から個別銘柄のCDSが開始されました。主
に日本の主要金融機関(みずほ証券等)と外資系証券会社(ゴールドマンサック
ス等)の20社がマーケットで値付けを行い、数社のブローカー(東短、GFIなど)
を経由して取引を行っています。世界的投資家ウォーレンバフェットは、CDSの事
を、「時限爆弾 Time Bomb」「金融大量破壊兵器 Financial Weapons of Mass 
Destruction」と呼んでいます。現実にデフォルトが生じた場合は、すべて偶発
債務となり損害が生じ、赤字決算に落ちいったり、配当が支払えなくなったり、
信用面でも格下げになったりすると、市場からの資金調達も困難となり、借り
入れても金利が高くなります。米国政府が、リーマンを救済せずAIGを救済した
理由が、CDS問題であると言われています。リーマンは、CDSの保有額が大きく
ないですが、米国最大の保険会社で、世界中(130ヶ国、7400万件)に
展開するAIGは、CDSに積極的に投資し(元本4410億ドル)、仮にAIGが破綻
した場合の影響は、世界中に及ぶと考えられたからです。バーナンキFRB議長の
議会証言で、リーマンを救済しなかった本当の理由は、「証券会社にこのよう
な多額の資金投入をすることはできなかった。」ということがわかりました。 
ベアスターンズとAIG救済の教訓は、「大きすぎてつぶせない。(Too big to 
fail)」というのが現実のようです。デリバティブを大量に所持すれば、大丈
夫いうモラルハザード(企業倫理の欠如)を引き起こす可能性が高いといえま
す。 信用収縮とは、金融市場で取引が停滞したり、資金供給が細る現象です。
金融機関が、不良債権処理や自己資本比率引上げから、貸付金の回収(貸しは
がし)や貸出しを控えること(貸ししぶり)で引き起こされる現象です。金融
市場にとって最も深刻な問題は、この信用収縮です。投資家が真に注視すべき
指標は、クレジットデフォルトスワップ(CDS)、TEDスプレッド、コマーシャ
ルペーパー(CP)発行残高等の指標です。信用市場での資金調達がいかに困難
か、高コストになっているか、貸し出しへの不安が、いかに高まっているかを
理解すべきです。CDSは、信用市場における不安の尺度である優れた指標です。
今、信用市場に非常に大きな不安が広がっております。投資家は、萎縮するあ
まり、米財務省証券(国債)を買いあさっています。財務省証券の価格は、
つり上がり、インフレ調整後の利回りは0%に低下しています。投資家は実際
には、安全でさえあれば儲けなど出なくてもよいと考えています。「誰もが守
りに入ってしまっている。皆、今ある資金を温存しようと必死だ。」と語って
いるのが、信用収縮の実態です。 

第12章、日本の実体経済への影響、車、電機、不動産、そして私が経営している建設業界は。?
<民主党政権「コンクリートから人へ」経済的無策の日本の実体経済の悲劇。>
 あの世界のトヨタが赤字経営に転落しました。まさにトヨタショックです。
毎年2兆円の利益と、1.5兆円の設備投資をしてきたトヨタが、一気に
4000億円の赤字に転落しました。米自動車最大手GM(ゼネラルモータ
ーズ)も、平成21年6月1日(月)連邦破産法11条(日本の民事再生法)
適用を、ニューヨークの連邦破産裁判所に申請しました。3月末時点の負債総
額は、16兆4000億円(1728億ドル)。総資産は7兆8000億円
(822億ドル)米製造業最大の倒産となりました。過去の米企業破綻では、
リーマンブラザーズに次いで、史上3番目の規模となりました。「新生GM」
を実質国有化し、スピード再建を実現しました。ビッグスリー(米自動車大手
3社)のうち2社が倒産しました。クライスラーは、破産手続きを完了しまし
た。3社の中で唯一、米政府支援を受けなかったフォードモーターも、救済
を仰ぐ事態に陥る恐れがあります。今回を含め、米政府のGMへの税金の投
入額は、総額4兆7500億円(500億ドル)にのぼります。1963年
「GMとともに」は、経営書のベストセラーとなりました。世界で国有化に
よる自動車メーカー再建の成功例はほとんどありません。What is good 
for GM is good for America.(GMにとって良いことは米国にとっ
て良いことだ。逆も真なり。GMの利益は、アメリカの利益。)当時のチャ
ールズウィルソン社長の名言であります。GMは、まさに、アメリカ繁栄の
象徴でした。拡大路線の中で見過ごしてきた高コスト体質が、命取りとなり
ました。この高コスト体質は、実に民主党の政治と似ていますね。GMは、
2008年、トヨタ自動車に首位の座を奪われるまで、77年間世界一の座
に君臨してきました。2008年12月期のGMの売上高は14兆1310
億円(1490億ドル)で4年連続の赤字でした。2008年の世界販売は
835万台で、77年間維持したトップの座をトヨタ自動車に奪われました。
企業は、環境の変化に適応できなければ、結局、市場から淘汰されます。
オバマ大統領がGMの再建を支えようとするのは、自動車を戦略的産業と位
置付けている事によります。競争力のある製造業の柱にしたいと考えていま
す。GM再建までの道のりははなはだ険しいと私は考えます。GMの没落は、
アメリカ製造業、ブルーカラー全体の没落をも意味しております。GMと共
に去りぬ。米ブルーカラーの夢の記事です。GMは、アメリカのブルーカラ
ーに安定した職場と中産階級への上昇のチャンスを提供してくれました。
GMの倒産が日本企業に負の連鎖を及ぼしたのは影響は、甚大です。日本企
業102社に製品納入代金の焦げ付きで不良債権が発生しました。トヨタ、
スズキ、いすずは、GMと合弁会社を持っています。クライスラーは、イタ
リア、フィアットが出資し、日産と車両の相互供給体制にあります。GMを
取引先とする日本企業は、自動車販売や整備などGMを仕入れ先とする31
社を含め133社と言われます。日系企業102社で焦げ付きました。49
社は売上高50億円未満の中小企業で、今からでも日本で連鎖倒産が起こる
可能性は否めません。自動車王国、名古屋が失速し出しました。今から不良
債権が発生する恐れがあるのは50社です。ディーゼルエンジンを供給して
いたいすず自動車が100億円売掛債権を持っていました。自動車部品最大
手のデンソー、曙ブレーキ工業、アイシン精機、ブリヂストン、三菱電機、
日立金属、矢崎総業、ヨロズ、タカタも販売未収金が焦げ付きました。企業
の多くは売掛債権を保証する米政府の支援制度の適用を申請しました。  
@GMは連邦破産法11条を申請、「新生GM」が資産を買い取る。 
A米政府は301億ドル、カナダは95億ドル追加融資する。 
B米政府はGM株60%、カナダは12%、全米自動車労働組合(UAW)は
17.5%と新株引受権2.5%分、債権者は株10%と引受権15%分を取
得する。 
C取締役はカナダが1人、UAWが1人、残りは米政府が選出する。 
D米政府は重要問題のみに議決権を行使、早期に株を手放す。 
E新たな債務圧縮案に債権者の54%超が同意する。  
 イギリスでは、英労働党政権が1970年代、ロールスロイス、ブリティ
ッシュレイランド等経営危機に陥ったメーカーを国有化しましたが、結局、
バラバラに解体されて、海外資本に買収され、英自動車産業は事実上滅び
ました。政府が企業にどのような自動車を作るべきかを命じた時点で、製
品は市場、消費者のニーズから離れてしまいます。自動車販売が回復せず、
業績の低迷が続けば、血税投入に頼らざるを得なくなります。クライスラ
ーはイアタリア大手フィアットの手に落ち、フォードモーターだけが自力
再建を続ける中、GMへの政府による「史上最大の介入」が失敗すれば、
米自動車産業の衰退は決定的になると私は考えています。GM破綻は、ア
メリカの花形産業としての自動車産業の終焉を意味すると私は考えていま
す。アメリカ自動車産業の象徴であったGMは、アメリカ自動車産業界を、
軸無き業界へと変容させました。典型的グローバル企業だったGMが国家
丸抱えになることで、アメリカがグローバル自由経済から統制経済化へと
一歩踏み出してしまいました。グローバル自由経済が終焉し、保護主義的
で、閉鎖的で、不自由で、国家主義的な世界に変貌しました。米系部品メ
ーカーが連鎖破綻した時の代替部品確保は、現地生産の維持には、不可欠
です。閉鎖的で、GMと取引がある日本の部品メーカーは売掛金が焦げ付
き、GM向け売り上げ減少は、部品メーカー、系列販売店網を含め、GM
が抱えている雇用は巨大です。リーマンショックによる金融危機によって、
自動車販売が激減した事が、GM破綻の直接の原因であると私は考えます。
自動車産業は、300兆円の世界市場です。インドのタタ自動車「ナノ」
の19万円の自動車を発売等、新興国の躍進があります。世界の自動車産業
従事者は、アメリカで100万人、日本で85万人、EUで220万人です。
オバマのGM一時国有化は、雇用維持が大義名分です。中国、インドの自動
車メーカーの台頭により、自動車産業が再編され、自動車産業の世界地図は
大きく塗り替りました。アメリカの自動車産業が崩壊すれば、アメリカ経済
に壊滅的打撃を与えます。アメリカ経済は、破綻寸前です。ドルの信認が、
いつまで続くでしょうか。?アメリカ国債を中国がどれくらい買い続けられ
るでしょうか。?「中国が保有しているドル資産は非常に安全。」と強調し、
世界最大の米国債保有国である中国側の懸念一掃にアメリカは努めました。
中国はドル下落による資産価値の目減りを警戒しています。米側は中国に
米国債の継続購入を求めています。2008年9月15日(月)リーマン
ブラザーズ倒産に端を発した金融恐慌が、2009年6月1日(月)ついに、
GM倒産という実体経済に影響を及ぼしました。他産業への負の連鎖が危惧
されます。まだまだ恐慌の入り口に過ぎないと私は考えます。2009年7
月現在の自動車の生産販売台数です。@、日トヨタ897万台、A、独フォ
ルクスワーゲン623万台、B、仏ルノー日産606万台、C、米新生GM
600万台、D、米フォード540万台、E、韓現代419万台、F、伊
フィアットクライスラー415万台、G、日ホンダ378万台、H、仏PSA
326万台、I、日スズキ236万台、J、独ダイムラー207万台、です。
車の販売台数勢力地図が、いかに変化していくのか。?注意深く見守ってい
きたいものです。GM倒産が、他産業へ与える影響から目が離せません。
 輸出産業に60%依存する日本経済は、車、工作機械、電機産業は、極端
な円高と株安で、赤字に転落し、実体経済は、2008年10月から、製造
業中心に、海外需要の先細りの先行き懸念が高まり、受注が激減しました。
野村ホールディングは、リーマンの欧州、アジア、中近東のバックオフィス
を引き継ぎました。外資系ファンド向けに、不動産を開発し、短期に転売す
るビジネスモデルは、買手不在で、もろくも崩れ去りました。ファンド相手
に急成長を遂げた新興不動産会社は、今、梯子を外されたままでいます。
買手不在による不動産市況の悪化による破綻の連鎖は、まだまだ広がりそう
で不気味です。当社、鈴屋金物鰍フお客様のゼネコン、建設会社の客先に当
る2008年倒産した主なデベロッパー、不動産会社と倒産金額を掲げます。
1、アーバンコーポレーション(2558億円)2、ケイアル不動産
(1677億円)3、ニューシティレジデンス(1124億円)4、ゼファ
ー(949億円)5、セボン(785億円)6、スルガコーポレーション
(620億円)7、ヒューマン21(464億円)8、創建ホームズ
(338億円)9、リプラス(325億円)10、近藤産業(322億円)
11、ランドコム(310億円)12、ダイヤ建設(300億円)13、マ
ツヤハウジング(279億円)14、レイコフ(276億円)15、丸美
(220億円)16、スカイエステート(198億円)17、ミキシング
(186億円)18、シーズクリエイト(114億円)。小泉純一郎、竹中
平蔵路線は、「貯蓄から投資」の掛け声の下、郵政民営化の美名の下に、規
制緩和を進め、アメリカの金融危機を招き入れる土壌を作ってしまいました。
日本は、金融鎖国を守っていましたが、連鎖的金融恐慌の餌食になりました。
失われた10年以上に、2008年は、最も失われた年となりました。好調だ
ったマンション業界は、すっかり建設が止まり、裾野の広い建設業界は、ゼネ
コンだけでなく、専門工事業社も半分に業者が減りました。住宅着工数は、ピ
ーク時、160万戸が、平成21年は、78万戸と激減しました。一例をあげ
れば、流し台のトップメーカーのサンウェーブ工業は、業績不振から、イナッ
クスに吸収され、イナックスサンウェーブマーケティング(ISM)と新会社を
設立して凌いでおります。ビル用住宅用サッシュメーカーの三協アルミニウム
工業と立山アルミニウム工業は、市場規模半減からやむなく合併して、三協
立山アルミニウム工業として凌いでいます。まだ生き残って凌いでいる会社は、
立派なもので、建設産業の中央大手建設業社(ゼネコン)、地場建設業社、
専門工事業社、メーカー、問屋は、半分が消えていきました。「コンクリート
から人へ」の民主党政権のキャッチフレーズは、ゼネコンだけでなく、住宅資材
メーカー、商社、問屋にも、このように淘汰の試練を与えております。衣食住の
中で、最も遅れている住環境を支えてきた建築、住宅産業は、民主党政権の
「コンクリートから人へ」の政策によって、ずたずたに切り裂かれ、建設産業
の崩壊壊滅状態へと追いやられました。ある意味で、「コンクリートから人へ」
で浮かせた税金の何十倍もの産業構造の破壊、いや、国の富、宝が壊されました。
一度企業が無くなればその会社の技術、ノウハウは簡単には取り戻せません。
そして経済を失速させた為、税収を激減させました。実体経済の中で、産業活動
をしたことが無い、働いたことが無い、経営をしたことが無いTax Eaterに成り
下がった政治家が、もっともっと心して経済的無策の結果としての現実を直視す
べきと考えます。

第13章、我々の暮らしにとって政治、経済との関わりとは。?
<生活者にとっては良い政治、企業にとっては厳しい政治。
需給ギャップ35兆円に対して国家的な経済成長戦略を。>
 このままの民主党の政策でいけば、借金ばかりがかさみ、企業倒産が増え、
失業者が増加すると考えます。子供手当てはもらったはいいが、気がつたらお
父ちゃんが失職して、収入の道を閉ざせれたという事態が急増してくるでしょう。
生活者にとっては良い政治だが、企業にとっては厳しい政治と考えます。経済活動
が実に困難な時代となりました。平成21年は、民主党によって政権交代が実現し
た年で、政権交代そのものは、日本の民主主義にとっては、大変意義のあったこと
だったと考えます。しかし鳩山由紀夫民主党政治が果たした政治は、一体何だった
のでしょうか。?本当に国が少しでも良くなったのでしょうか。?民主党のマニュ
フェストの要諦の検証をしてみやおうと思います。「コンクリートから人へ。」
「暮らしのための政治を。」をスローガンに、命を大切にする友愛社会の実現をめ
ざすとした鳩山政治は、何をなしえたのでしょうか。?残念ながら理念倒れでした。
官僚丸投げ政治から政治家主導政治へ、脱官僚依存政治官主導の省益から国益へ、
縦に結びつく利権社会から横につながる絆社会へ、は掛け声だけに終わりました。
中央集権から地域主権へ、渡りを見直す行政刷新会議、事業仕分けだけは、パフォ
ーマンスが強すぎますが、今までに無いものを国民の目の前に見せてくれました。
高速道路の無料化、農業の戸別補償制度を創設し、郵政事業の抜本見直しは、はな
はだ疑問です。緊密で対等な日米同盟関係、外交防衛政策は、普天間問題で、鳩山
内閣のアキレス腱が露呈し、内閣が倒れる直接的原因となりました。平成22度予
算案が決定しました。過去最高の92兆3000億円の規模となりました。鳩山政
権で大盤振る舞いしたにもかかわらず、46兆円と見込んでいた税収が、37兆円
と9兆円の減収に、厳しい現実を突きつけられました。企業で言えば92兆3000
億円のコストを支払って、37兆円の利益しか上がらず、借金が急増したというこ
とです。こんな企業は即倒産です。この無神経マネジメント能力の無さが、政治家
の資質の無さの象徴なのです。税金をふんだんに食い物にするだけで、有効な経済
政策によって法人税の増収を目指す政策を、全く勉強をしておりません。物を知ら
な過ぎます。平成22度の国債発行額が44兆円3000億円となり、国の借金は、
883兆円に膨らみました。誰がこの責任を取るのでしょうか。我々の子孫ですか。
?借金を返済するのは又増税「という形で又国民ですか。?民主党内閣の主な目玉
政策を検証します。@子供手当、子育て支援は、中学卒業まで月額2万6000円
(年間31万2000円)の子供手当の支給は、半分の支給でスタートしました。
公約を半分果たしたといえましょう。子供手当てが平成22年度一人月額1万3000
円(マニュフェストの半額)支給されることになりました。A公立高校の無償化、
教育支援は、一部実施しました。私立高校に関しては、基準が不明確でわかりにくく、
混乱を招きそうです。お金持ちも貧乏人も、教育を平等に受けられる道筋を真剣に作
ってほしい。教育こそが最大の未来への投資と筆者も考えます。B高速道路無料化は、
大幅に縮小され、一部特定地域で実験的に行われただけで、掛け声だけで、これも公
約違反のそしりは免れません。C農業の戸別所得補償につては、生産コストが販売額
を上回る時は、その差額が補償されるとなったら、果たして、農業経営に、一生懸命
経営を工夫しようとするでしょうか。?厳しい経済競争の中からしか真の工夫は、生
まれ無いと考えます。筆者は、断固反対です。補助金に頼る産業育成策は、依存体質
を作り、決して長続きしません。なぜ建設産業だけ、一人悪者にして、農家だけを過
度に保護するのか、論理的納得いく説明がありません。D年金制度の一元化は、長妻
大臣の影が薄くなり期待はずれでさっぱりでした。消えた年金、消された年金の解決
に2年間集中的に取り組むということは、もう遠い過去のことになったのでしょうか。
?国民皆保険、月額7万円の最低保障年金の実現、年金保険料の年金給付以外への流
用の禁止、公的年金控除の最低補償額140万円、社会保険庁は国税庁と統合して歳
入庁、後期高齢者医療制度は廃止、介護労働者の賃金を月4万円引き上げなど国民は、
忘れていません。一日も早く年金制度の一元化を実現してほしい。E国家公務員の人
件費削減、国家公務員の人件費を2割削減は、これも掛け声だけで遅々として進まず、
公約違反です。国から地方へのひも付き補助金を廃止、地方が自由に使える一括交付
金をとして交付、国と地方の二重行政の廃止、国の出先機関の廃止は、国民は忘れて
いません。事業仕分けについては、2兆円の効果があったようですが、まだまだあま
ぬるい。民間でやれる事業はすべてやめさせるくらいの気概でやってほしい。国民の
血税がどれだけ流れていることか。?腐りきっている日本相撲協会などへの税金投入
ももうやめたらいい。外国人ばかりの暴力と麻薬と賭博で染まった大相撲に、なぜ血
税をつぎ込むのでしょうか。?国の出先機関のすべての既得権益を疑って事業仕分け
に切り込んでほしい。聖域を作るな。国がこんなに借金を負っているのに、何を甘っ
ちょろいことをやっているのだ。事業仕分けを見て、「何故こんな無駄な事業を血税
を湯水のようにじゃぶじゃぶ垂れ流しを長年続けてきたのだろうか。?」と腹立たし
く思ったのは、私だけでしょうか?。建設産業の民間中小企業だけに、つけをまわし、
官僚にメスを入れられない現実は、まだまだ物足りない。事業仕分けは、毎年継続し
て、本丸である財務省そのものにも切り込んでほしい。Fエコカー、エコ省エネ家電、
エコ住宅、住宅用太陽光パネル、購入の助成、 エコカー、エコ省エネ家電に続いて、
エコ住宅にエコポイント政策を打ち出したが、実効が上がっていない。手続きが煩雑
過ぎです。親が子に住宅を購入する際に、2000万円までは贈与税をかけないいう
政策は、できるだけ早急に実施すべきです。現実は、多くの人が、住宅ローンの延滞
で、金融機関が、半年で競売にかけ、叩きまられて、家を失い、ローンだけ残る事例
がいかに多いことか。現実を直視しなさい。G緊密で対等な外交、防衛政策は、普天
間基地移設で、鳩山政権の命取りになりました。日本は、思いやり予算で、コストを
支払って、アメリカに基地を提供している。日本は、侵略の脅威から自国を自力で守
れないから、アメリカの防衛力に頼るしかない。両方納得できる現実的落としどころ
を探るのが真の外交である。低空で爆音がすざまじい軍用機が離発着する普天間の周
りの住民は、たまったものではない。辺野古への移転を野党時代反対していた民主党
だが、具体的代替地は、とうとう出て来きませんでした。公約違反そのものでありま
す。H中小企業の法人税率引き下げ、 中小企業の法人税率を18%から11%に引き
下げも、掛け声に終わりました。中小企業いじめ防止法、大企業による不当な押しつ
け販売、サービス強要の禁止もお題目だけでした。貸し渋り、貸しはがし対策は、亀
井金融大臣のゴリ押しで、一時的に一服の感がありました。全国最低賃金800円も
現場は、まだまだ厳しいです。中小企業や地域経済の実情は実に厳しい。スピード感
を持って景気雇用対策を実行すべきです。亀井蔵相が孤軍奮闘で無理やり通した観が
ある返済猶予法案、苦しんでいる中小企業に返済を猶予する法案の平成の徳政令は、
その場しのぎに過ぎず、債務の先延ばしに過ぎません。国が保証した上場企業の倒産
の中小企業の不良債権を、国が買い取るくらいの思い切った政策は打てないのでしょ
うか。?一部上場会社が、民事再生法を簡単に申請して、その裏では、負債をかぶる
のは、いつも末端の中小企業である現実を、あなた達政治家は、実感としてわかって
いるのでしょうか。?I公共事業の削減、この公約だけは、見事に守りました。ここ
だけは、◎二重丸です。切られる側の代表である公共事業が、前期比18%減に絞り
込まれました。筆者も建設産業に身を置くものとして、政府、マスコミ、メディアが
そろって、建設産業をヒール、悪役に仕立てあげて、レッテルを貼っている現実を情
けなく思います。果たしてそうでしょうか。?やんばダムなど明らかに無駄な公共事
業は、どんどん中止してもいいと思います。しかし古くなった学校、病院などの公共
性の高い安全性の確保が必要な建物の耐震補強など、社会資本整備は、まだまだ未整
備なのです。国土交通省がすべてを一元管理するのではなく、地方にお金と権限の一
切を与えて、地方の実情にあった使い方をすればいいのではないのでしょうか。?
建設産業は、裾野が広く、多くの科学技術の応用分野であり、雇用の受け皿となって
いるのが現実です。倒産、失業であぶれた人が、すぐに、環境、医療、介護、農業の
分野に行けるでしょうか。?現実的には、何も仕事がなくて、タクシーの運転手になる
のがいかに多いことか。現実を良く見ることです。政治家の皆さんが、落選してただの
人になって、あなた自身に今何ができるとお思いでしょうか。?他人事ではなくて、当
事者意識でより現実的な具体的な経済的政策を実行してほしいと考えます。コンクリー
ト、公共事業が悪という稚拙なレッテル貼りはもうおやめなさい。筆者は、冗談と皮肉
をもって、「コンクリートから金物へ。」と最近よく言っています。個人は、収入が減
ることを覚悟して、その上で生活設計を練り直すことです。特に中小企業は、固定費削
減に大なたをふるうべきです。打つ手は無限であります。「貧すれば鈍する。」根本か
ら作り直す覚悟、一から出直しの覚悟をもってやりぬくことです。閉塞感を取り除かな
い限り、大きな飛躍は期待できません。釣った魚を安易に与えるよりも、魚の釣り方を
根気良く教えるのが真の教育であり、真の経営です。アメリカのオバマ大統領が「チェ
ンジ」と言いましたが、我々一人一人が経済的な困難な状況を考えた上で、ワークライ
フバランスの実現を考えて、自己変革が必要と考えます。京セラの稲盛和夫名誉会長は、
民主党の大勝について、「日本の政治にとり、明治維新に次ぐ平成維新といわれるほど
大きな変化。」と、期待感を表明しました。民主党から143名の新人議員が誕生しま
した。昨日まで無職だった女性も当選しました。新人議員には、小泉チルドレンの二の
舞いにならないようにしてほしいと思います。もっともっと実態経済を勉強してほしい。
議員のテレビなどで話す内容が拙な過ぎます。レベルが低すぎます。民主党は、松下政
経塾出身者が多数目に付きます。責任政党として歳出歳入一体改革、経済成長戦略、規
制行政改革、社会保障制度改革にバランス良く取り組むことを期待します。子供手当て、
高校の無償化など家庭、消費者を直接温める政策に軸足がありますが、日本の経済を下
支えしている96%の中小企業に対する政策を緻密に実行してほしいと考えます。いく
ら子供手当てを支給しても、勤めている企業が倒産したらもともこもありません。企業
こそが富を生み出す唯一の金の卵であることを深く銘記すべきです。需給ギャップ35
兆円に対して、その穴埋めの為に、ケインズのいう有効需要を、いかに国家的な産業別
に、より具体的な緻密な経済成長戦略を持つかが最も緊急で肝要な国家ビジョンである
と考えます。今国の借金を膨らませている公務員だけの生活だけが法律でしっかり守
られていて、血税を納めている企業、特に建設産業の企業が、悪者のレッテルを貼ら
れて、厳しい寒空に放り投げらて、又ザルを突き出されてもっと税金を払えと言ってい
るこの日本の惨状を政治家の皆さんは、正しく現実を直視して認識して下さい。「出番
と居場所のある日本」の掛け声の下、すべての日本国民が活き活きと仕事ができる仕事
の場の創造、需要の創造が大切であると筆者も心底思います。需要、仕事が増えるよう
な需要創造の経済成長政策が最も大切な政策です。経済波及効果を考えた上での経済成
長政策が急務です。信用収縮を根絶する経済成長政策が肝要です。民主党には、議論は
し尽くしてあるので、より明確に、より具体的に、いついつまでやり切るとタイムリミ
ットを切って、需給ギャップ35兆円に対して早急な国家的な経済成長戦略の政策実行
を期待してペンを置きます。 
                    平成22年6月13日(日)鈴木誠一拝