2011ハイソOB会Basie被災地ツアー
2011ハイソOB会Basie被災地ツアー
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一関Basie、2011年6月18日(土)
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宴会、2011年6月18日(土)
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被災地巡り、気仙沼、南三陸、石巻、2011年6月19日(日)
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鈴木様、望月です。東北では大変にお世話になりました。このような状況の中、
何かとお忙しいと思いますが、貴重な時間をさいていただき、ありがとうござい
ます。しかし、今回被災地に行くに際して、被害はかなりなものだろうと覚悟を
決めておりましたが、その想像を更に上回る被害状況を目の当たりにして絶句し
てしまいました。自然の力の巨大さと、ある時に見せる残酷さ、人の無力さを
マジマジと感じました。やはり、特に私のように想像力が貧困な人間には「現場」
を踏む事がいかに重要かということも改めて確認ができました。あの広範囲に
わたって完膚なきまでに破壊されつくした町を見、そこで生活をしていただろう
多くの方々の事を思ったとき、今の政治屋どもは何も感じないのでしょうか?
世界第2位の経済力と最高レベルの科学技術を持った日本なのに、100日も
経って現場は何も変わっていないという状況は全く信じられません。このまま
だと子供や若者たちが「国家」を信用しなくなると思います。被災地にはなん
ども足を運んだと言ってる政治屋が、永田町でやってることを見ると、よほど
知能指数の低い連中だと思いますね。何はともあれ、一生に二度と無い(合っ
てはいけないですが)経験をさせていただきました。本当にありがとうござい
ます。山口さんを始め、皆様によろしくお伝えください。先ずはお礼まで。
望月俊明OB会会長筆
岩村秀夫ライブラリー
自分もですが普段はとみに饒舌なわれわれも、昨日(6/19)はさすが言葉が
出ませんでした。被災地では未だ死者と不明者が18,000人以上もいるのです。
この震災は広島型原爆を10個落とされたようだと表現する人がいるそうですが。
その通り、「壊滅」とはこういうことをいうのか.........と。ホント言葉に成
りません。
この度のビータは鈴木誠一さんが「呼び掛け人」でした。仙台に暮らす彼は
きっと、この惨状を多くの仲間に体感して貰うべきだと考えたのではないでしょ
うか。早稲オケOBの山口さん(この写真を撮ってくれた人)と鈴木さんには、
今回いろいろ面倒を見て頂きました。ほんとにありがとうございました。感謝です。
例により小生のつたない写真を少々、下記にアップしてあります。(.......Basie
店内のも)当日はみんなそれぞれ現地をいっぱい撮ったと思いますが、まとめて
ライブラリーにするべきと思います。ではまた。
岩村秀夫先輩筆
鈴木君、昨日は最高のアレンジメント有難う!被災地の惨状はショックだった。
平和ボケの頭を叩かれたな。これから出来るだけ多くの人に、この実情を伝える
努力をするよ。まる一日、お疲れ様。山口君にも感謝している。よろしくお伝え乞う。
浅沼肇先輩筆
本当にすばらしい方々で驚きました。そして嬉しさ一杯の時間でした。今日は
秋田です。びーたばかりの東北生活ですが、実り豊かです。
山口真一氏筆
2011年6月18日(土) 19日(日)望月俊明(53卒Tp)早大ハイソ
OB会会長を団長に、浅沼肇(40卒Gt) 岩村秀夫(40卒B)中嶋正弘(41卒
Tb)尾崎隆昌(45卒B)鈴木誠一(50卒Ts) 青木正(56卒As)、平田力也
(58卒AsBs)渡邉隆之(平7卒Ds)そして早稲オケの山口真一、小野寺尚、
伊藤順の12人で、「 震災・東北JAZZ復興祈念・一関BASIEツアー」と名打って、
菅原昭二(43卒Ds)先輩のお見舞いに駆け付けました。菅原昭二先輩は、浅沼
肇先輩、岩村秀夫先輩、中嶋正弘先輩、尾崎隆昌先輩に囲まれて、本当にご機嫌
でした。いつもハイソのOB会に尽力されている平田力也官房長官もBasieははじめ
てという事で、その迫力ある音響に大満足のようでした。二戸?八戸?のナオン
のきわどい話で大いに盛り上がりました。
翌日は、鈴木車、望月俊明、浅沼肇、山口真一同乗、岩村秀夫車、尾崎隆昌、
青木正同乗で、7人車2台で、 気仙沼、南三陸、石巻、東松島、奥松島の被災
地を廻りました。運転手が心もとなくてすみませんでした。ヒア汗ものでした。
一関から気仙沼へ向かい、気仙沼市内に入ると、岩村車からガス欠という電話
が入り、ガソリンスタンド探しで、焦りました。気仙沼市内は地震と津波でや
られていて、ガソリンスタンドが被災してほとんど閉まっており、やっと見つ
けた時はホット胸をなでおろしました。気仙沼から石巻までの道が寸断されて
いて、想定外で閉口しました。迂回路が急勾配の山道で、180度のヘアピン
カーブで何回も切り返して、本当に今考えるとゾットします。寸断された三陸
海岸を迂回、迂回しながら行くと、南三陸町の悲惨な瓦礫の町並みが目に入って
きました。海岸線から山際まで、正に平地は壊滅状態でした。町には何一つ残
っておらず、津波は山にせき止められるまで、その道筋のあらゆるものを飲み
込んで破壊し尽くしておりました。石巻に入り、市内を一望しようと日和山か
ら展望しました。70センチ以上も地盤沈下した石巻の市街は方々で冠水し、
車の通行止めが多いので、日和山のふもとの最も被害が大きかった地域を案内
しました。「負けないぞ、石巻」書かれた看板が力強く復興を訴えていました。
ご冥福を祈っていた女性の姿が印象的でした。東松島、奥松島、野蒜も冠水状
態で、いつも通るあるべき道がなく、道に迷ってしまい、岩村秀夫先輩には
大変ご迷惑をおかけしました。各被災地の惨状、これが現実と思うと、言葉
もありません。車中は、下界の非情な世界とは別に、浅沼肇先輩のウィット
あふれるお話で、和やかな雰囲気で、十二分に楽しませていただきました。
私はすばらしい先輩、後輩をもって幸せ者です。二日間ご苦労様でした。
とても思い出深い二日間でした。早大ハイソよ永遠なれ。それでは皆様、
またお会いできる日を楽しみに。感謝。
2011年6月18日(土)19日(日)鈴木誠一拝
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