ジャズシーンを彩るリリカルな10人のアルトサックス

ニューオリンズジャズ誕生
ニューオリンズ発祥、アメリカ西南部、Dance Music全盛 
1920年世界恐慌、Swing Jazzの確立 Swing時代の3大Alto Sax 
Willie SmithJohnny HodgesBenny CarterMarshall Royal、    
@、Charlie Parker(1920〜1955)Bopの革命、BeBopの誕生、
「Charlie Parker With Strings」「Bird」「Savoy & Dial Master Takes」        
Bird、Yardbird、モダンジャズの神様、父、革命児。34歳。
Be Bopは、モダンジャズの原点。
1937年、Buster Smith(As)Band、
1939年、Gillespie Band、
1940年、Jay Macshan Big Band、
1943年、Earl Hines Band、
1944年、Billy Extine Big Band、
サヴォイ、ダイヤルの2つのレコード会社と契約。
閃き、スリル、スピード感、ドライブ感、切れ味、飛翔感溢れるメロディ、
情緒、温かみのある歌心、ロマンシチズム。
実生活、人間的には、ルーズ、チャランポラン、だらしない。
青年の頃から薬物中毒。1954年自殺を図り、ベルビュー病院へ。
1955年、内臓充血により肺炎で死亡。
A、Julian Cannonball Adderley(1928〜1975) 
「Somethin' Else」「Ballads」「Nancy Wilson & Cannonball Adderley」 
1953年、Lionel Hampton Big Band、
1954年、Buster Cooper(Tb)から、兄弟バンドを作ることを薦められる。
1955年、Oscar Petiford(Pf)Bandに飛び入りし、
Post Charlie Parkerを一夜でものにする。
Charlie Parkerの再来(Gillespie)
兄弟バンド、Milt(Vib)とセッション。ファンキー早過ぎ、一時解散。
Cannonは、Milesバンドへ、
Natは、Hermanバンド、JJバンドへ、
再び兄弟バンドで大ブレイク。
砲弾、特急列車、弾丸サーブ、スマッシュ。
すざまじいアドリブ。迫力あるサウンド。
ものすごいテクニック。天才的フレージング。
アーシー、ファンキー、ソウルフル、ゴスペルタッチ、
Beboper、Over Funk(Blues Feelingに根ざした)
時代の趨勢が、才能を浪費。1975年心臓マヒで死亡。
1941年、太平洋戦争、1950年代1960年代コンボジャズ隆盛、 
B、Art Pepper(1925〜1982)   
「Art Pepper Meets The Rhythm Section」「Modern Art」
「The Return to Art Pepper」
1940年、Lee Youngバンド、Benny Carter Big Band、
1943年、Stan Kenton Big Band、Shorty Rodgers「Giants」脚光。
1951年、52年、53年、Art Pepper Band、黄金期。
1954年、麻薬で療養生活。1955年、刑務所。
1956年、57年、Art Pepper Band、第2期黄金期。
1958年、再び麻薬で療養生活。
1961年、みたび麻薬で療養生活。キャバレーカード没収。
1968年、Buddy Rich Big Band、
1970年、みたびArt Pepper Band、何とか復活。
West Coast の旗手。(Getz、Mulligun、Koniz、Chet)
前期、天才的閃き、華麗で、流麗なフレージング。
      5月の新緑の生命力溢れるアドリブ。
   脂の乗り。ワクワク感。泣き。情緒的。Emotinal白人最高の即興演奏。
   日本人に人気。わびさび。でしゃばり過ぎず、引っ込み過ぎず。
   薄口で淡白な白人サウンドでなく、粘りのある黒人サウンド。
後期、栄光と挫折。苦悩、切迫感あるリリシズム。人生の哀愁。人間的陰影。
   いじらしいほど切なく歌い上げる。   
C、Phil Woods(1931〜)Hard Bop、  
「Woodlore」「Round Trip」「Phil & Quill with Prestige」   
1948年、ジュリアード音楽院入学。
1954年、Charlie Barnette バンド、
1955年、Gene Quil 双頭バンド。
Quincy Jones Big Band でリードアルト。
1968年、ヨーロピアンリズムマシーン。
George Grunz(Pf)Henri Tekishe(Bs)Daniel Yumel(Ds)
白人Hard Bopper、Parker派の第一人者。世界一の抜群のテクニック。
息の長いジャズミュージシャン、アレンジャー、コンポーザー。
常にトップの座を独走。アルトNO1不動の座が続く。
EmotionalでMelodiousなフレージング。膨大なアルバム。
D、Sonny Criss(1927〜1977)Hard Bop、New Cool、
「This Is Criss」「Sonny's Dream」「Up、 Up and Away」 
母が熱心なジャズレコードコレクター。
Pakerを聴いて感銘。
1946年、Pakerと親交。
1948年、Norman GranzのJATPに参加。Buddy Rich Big Band参加。
1952年、Pakerとバトル。「Next Paker」よファンから絶賛。
メンフィスからWest Coastに移住してから不運が始まる。
Stan Kenton Big Band参加。ベルギー、西ドイツ楽旅。
West Coast Jazzは、編曲を重視し、音楽性が合わず、個性が殺される。
1965年、アメリカに戻る。
1960年年代、Riverside倒産、Blue Note身売り。Miles電化。
ジャズ業界悲惨。伝統的ジャズ崩壊。
Dexter Gordon、Booker Ervinと共に、PresigeはSonny Crissを売り出す。
Birth of New Coolとして「Up、 Up and Away」
「This Is Criss」「Sonny's Dream」
1968年、ニューポートジャズ祭絶賛。
1972年、「Children Introduction to Jazz」ジャズ教室。
子供達対象に、演奏形式、歴史を教授。
初来日の1週間前、1977年11月19日ピストル自殺。
悲運のAlto Saxisophonist。
魂から飛び出すようなBlow。繊細な艶。
直情的な一途な歌い上げ。自己表出の純粋さ。
E、Jackie Maclean(1932〜2006)Be Bop、Hard Bop、
CoolJazz、Mode、Free Jazz、Avanguald、   
「Swing, Swang, Swingin' 」「Left Alone '86」「The Meeting」
1951年、Budの推選で、Miles Band入団。
George Wallington Band。Art Blakey Band。Gordon双頭Band。
Prestigeから多くのSession。
1958年、Blue Note吹き込み。Hard BopからMode、Freeへ系統。
一時教鞭を執る。
1972年、ジャズシーン復帰。
「ジャズの百科事典」「Post Charie Paker」「Sugar Free(無糖)Sax」
多くの音の代わりに数少ない意味のある音を出す。
心にしみるいぶし銀の表現力。歌心のある哀愁あるMaclean節。
独創的なMusicianは、新しい何かを求め、音楽的実験を繰り返す。
この時代活躍したAlto Sax、Lou DonaldsonCharlie MarianoGary BartzGene QuillHal McKusickBud ShankGigi GryceJohn JenkinsHall SteinBoots Randolph、            
F、Paul Desmond(〜)   Cool Jazz、Mode  
1951年、Dave Brubeck Quartetでクラシック的対位法。
サンフランシスコで活動。シスコ派。West Coastはロス(ハリウッド中心)
1960年代、RCAからEasy Listening Jazz 分野確立。
敏腕プロデューサー、クリードテーラー、名編曲、アレンジャー、ドンセベスキー。
1968年、Mulliganとコンビ。
ジャズ評論家の間では、評価の低いAlto Sax。
商業主義的、独創性が無い、イージーリスニング過ぎると酷評。
変拍子、タイム(4/4)の打破。
多くのCollege Concertを回り、若者の支持。
「Take Ten」「Desmond Blue」「Easy Living」
この時代活躍したAlto Sax、Lee Konitz    
G、Eric Dolphy(1928〜1954)Free Jazz、前衛ジャズ、無調整。
「Eric Dolphy at the Five Spot, Vol. 1」
「Out to Lunch」「Last Date」
最初は、Charlie Parkeのコピーからスタート。
異邦人、孤高のマルチリード奏者、アルト、フルート、バスクラ。
Booker Little(Reddie Hubbard)と複雑なハーモニーで高速にFront。
コード、モードの無い無調によろ12音階を自由に使った難解な刺激的サウンド。
ドルフィー語。ドルフィー的デフォルメ。大気圏旅行の浮遊感。
閃光のようなアクセント、炸裂。爆裂。肉声への肉迫。
フリー、前衛系3大アルバム1、Dolphy「Out to Lunch」
             2、Coltrane「至上の愛」
             3、Ornette「Golden Circle1」
「音楽は、空に消え、2度とつかまえることができない。」
H、Ornette Coleman(1930〜) Free Jazz、Cross Over Music
「The Shape of Jazz to Come」「New York Is Now」
「At the "Golden Circle" in Stockholm, Vol. 1」
フリージャズ前衛の旗手。ハーモニー、リズムにとらわれないFree Jazz。
オーネット流宙ぶらりんビバップ。自由に飛びまわるような浮遊感。
コード(和音)を否定することで、ピアノ、ギターの和音楽器無しで自由な演奏。
The Shape of Jazz to Come(ジャズきたるべきもの)で衝撃。
初期のオーネットは、リズムはキープ、アレンジがしっかりしていた。
アナーキーなジャズ。集団即興のスリル。調子はずれだがけっこう繊細な演奏。
西洋音楽的ハーモニーの限界。ハーモロデクス理論。
鳥の羽ばたき、魚のとびはね。Free Funk。音楽をぶっ壊す寸前で踏み止まる演奏。
I、David Sanborn(1945〜)    Fusion、Cross Over Music
「Taking Off」「Hideaway」「A Change of Heart」 
この時代活躍したAlto Sax、Grover WashingtonRichie Cole、
1970年代、最高のJazz Fusion Sax Player。Fusion、Jazz、Blues、Funk、R&B。
ニューヨーク的、都会的、癒し系ロマンシチズムサウンド。
小児麻痺を克服するために、Saxを始める。体にひきつけた演奏スタイル。
最初、Paul Butterfield Blues Bandからスタート。(4年間)
出発点は、Popular Musician。商業的色彩。イージーリスニング。
Steebee Wonder Bandに2年間在籍。Charie Pakerを研究。
歌心抜群。メロディアスで明るいサウンド作り。
ペンタトニック。ダイアトニックが多い。
「音楽は、コードチェンジを超えるメロディーを吹くことが大事なのだ。」
(David Sanborn)

「音楽とは、君自身の経験であり、君の思想であり、君の知恵なのだ
もし君が誠の生活送らなければ、君の楽器は、真実の響きを持たないだろう。」
(Charlie Parker)