4月月例会<今見失っているもの>
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秋田敦子女史
フリースペースわたげは、不登校の生徒に多い肉体は健康だが
心が病んでいる人々を、心からお世話をしている。驚くことに早大
出の成人男子もおられるという。
子供のころ、集団のなかで遊びが少ない人に多く見られるという。
いい子はかわいそうな子。けんかんもしたことがない。幼児期に
体験的な痛みを経験していないのが原因。小さい時は、いろいろと
徹底的にやらせたほうがいい。肉体的痛みを体いっぱいに受けて。
同世代の周りの人と比べて、できなかったらかわいそうという親心、
期待が子供に重くのしかかってくる。今、今という横のラインで
遅れをとるまい、どう競い合っていくかだけを考えている。
他人との比較が、潜在的に子供の意識の上に深く刻み込まれていく。
次第に自分がどう見られているかが子供の行動の規範となる。
他人の顔色を見て,穏便に他人の価値観に合わせる事が習慣となって
身に付いていく。
与えられる事はうまくできる。しかし自分で仕事を見つける事は、
できない。わからない事を素直に人に聞けない。今の自分に一体何が
できるか。一つの事(勉強)に走り過ぎ、勉強以外の出会い、感動
がない。ひかれたレールの上だけを、何の疑いもなくひたすら走る。
とりあえずを目標に生きていく。次の目標がなくなるので不安になる。
自ら主体的に生きる目標を持てない。見た目は、親は何でもやらせて
いたようだが実は、親の期待の中で子供は縛られる。自分で今やれる事、
やりたい事は何か。
いろいろな個性の強い多くの人々に出会うべき。その中で思いっきり
自己表現をし、生きているという実感、証しを噛みしめる。
わたげとは、綿毛のように、ふわふわとゆっくりあちこちに飛んで
多くの人、物を見てきて、ここだという所に根ずいて、強く生きて
いくという願い。日本人は、少し走り過ぎてはいないか。一息、ワンク
ッションを入れて、ゆったりとした体験、感動の中に、すばらしい人生を
見い出したい。