ハイソOBの皆様へ
10月26日は、稲門祭 校友音楽祭にご協力戴き誠に有難うございました。
出演いただいた方、スタッフとしてお手伝いいただいた40年緒方さんと
現役ハイソC年生の5名の方、ベース・ピアノ・ボーカルでスタンバイして
いただいた、33年北川さん、中村さん、35年大賀さん、25日の前夜祭
も含め、応援を戴いた、40年家入さん、岩村さん、仙台から二日間見て
くれた50年鈴木さん、34年池本さん、41年鈴木さん、和田さん、
練習に顔を出してくれた34年中野さん(ブラジルから)、メールで激励
くれた49年榎本さん、H12年宇関さん、そのほかにも来ていただいた方
有難うございました。感謝申し上げます。そして、皆様に多大なご迷惑を
お掛けした事をお詫び申し上げます。
なぜこのような事になってしまったのか。2004年4月、丁度ハイソ
50周年の実行委員会が立ち上がった頃当時の市浦会長から、秋に音楽祭が
ありチャンジーバンドでやってくれない? との話から始まったのです。
ナレオが当番クラブとなり15号館の階段教室で音楽祭をスタートさせました。
その時の幹事メンバーは、ナレオ三田さん、ニューオリ平井さん、ダンモ吉田
さんと名井、この4人で2007年125周年記念行事のプロを巻き込んだ
大音楽会へと突き進んだのでした。この間2006年は、大隈講堂改修工事
のため急遽10号館を会場としハイソの当番で無事に音楽会を成功させました。
昨年は125周年の特別イベントとして、二日間の
開催となり、プロミュジシャンを招聘しました。ボニージャックス、ゴスペ
ラーズ、ナレオ、タモリで盛況でしたが、最も賞賛を受けたのは 守屋純子
リーダーのハイソプロバンドだったと言うわけです。 今年から幹事当番
クラブは、マンドリン、交響楽団ギター、ハーモニカに移っていきます。
今年は間口を広げすぎ、10号館と併設、更に、ダンス部の参加となり、
ハイソに大きな負担が掛り各方面にご迷惑をお掛けしてしまいました。
ダンパは、急に13時から21時までと時間が延長し、急遽現役に半分
をお願いすることとなりました。チャンジーバンドに初めてギャラが入る
筈でしたが泣く泣く全額現役に渡す事となりました。その間、私の事情から
時間の取れない時期があり、望月会長に代役で実行委員会議に出ていただく
ようになり、救われました。また、プロバンドには、H14渡辺さんが
マネージャーとして引き受けていただきましたので、大いに助けていた
だきました。
前置きが長々となりましたが、ハイソのOB・OG会も、正式な(校友会
に登録される)稲門会組織に改組し、学校当局との折衝、他サークル・稲門会
とのお付き合いができる運営組織にして頂きたいと、つくづく感じております。
チャンジーバンドの世話役が、ダラダラと校友音楽祭の幹事に祭り上げられて
いた事が間違いでした。組織として役割分担をはっきりさせる時がきた、と
感じております。
稲門祭校友音楽祭を通じ、ハイソの存在の大きさをあらためて認識いただけ
たものと確信しています。是非この流れを絶やすことなく、他サークル・学校
との交流も広げ、ハイソが各方面から受入れられる組織に変貌してもらいたい
とおもいます。
交響楽団の純血化活動や、ナレオの学校に対する貢献体制、グリークラブや
ニュウオリの学校に対するアプローチ(学校行事への積極的参加意識)どれも
組織としてしっかり動いていると感じました。
稲門祭音楽祭は成功しました。今後も成功し続けるでしょう。しかし皆さん。
この会を運営している素人集団のスタッフの努力にも、注目して下さい。各音楽
団体の総力で出来上がっていることに思いを馳せてください。これからは、ハイソ
が運営面でもリードしていく必要があると思います。5回目の音楽祭を終えた
心境を聞いて戴きました。最後に今回の音楽祭出演者をご紹介し、再度感謝の
言葉を捧げたいと思います。
25日 新宿 J にてライブ
1st Stage Hi-Olds Trumpet Ensenble
1stTpダブルキャスト 堀井 宏
北川匡厚
2ndTp 板津直人
3rdTp コンマス 田島智造
4thTp MC 名井 協
5thTpダブルキャスト 林 幸久
望月俊明
PH 鈴木三世
Gu 浅沼 肇
B 尾崎隆昌
Ds 大野勢津夫
以上の皆様でした。有難うございました。 名井協 記